Books

無料ブログはココログ

2007年9月 8日 (土)

羽衣の碑

017

静岡県・三保松原の「羽衣の松」近くに「羽衣の碑」がある。フランスの舞踏家であるエレ-ヌ・ジュグラリスの碑である。彼女は能「羽衣」を独学で学び、フランス各地で上演し絶賛を浴びた。彼女は羽衣伝説の地である三保松原に憧れを抱き一度は訪れたいと願った。白血病を患い亡くなる直前に「私の代わりに三保を訪れて欲しい」と夫にその想いを伝え、195135歳の若さでこの世を去った。

018

1951年11月1日、夫マルセル氏が彼女の遺志をつぎ彼女の憧れの地である三保・羽衣の松を訪れた。彼女の遺志と二人の愛の話を知り、日仏交流の記念に地元有志の人々が1952年11月1日に「羽衣の碑」を建立した。碑の傍らの石に詩が刻まれている。

三保の浦 波渡る風 語るなり パリにて 「羽衣」に いのちささげし わが妻のこと 風きけば わが日々の すぎさりゆくも 心安けし (マルセル・ジュグラリス)

019

2007年8月28日 (火)

興津・宗像神社境内

1

2

3

 今年の草サッカ-大会第4日・5日の試合会場であった興津小学校に隣接した宗像神社の境内である。ここは私のとっては記念すべき場所である。なぜならば、12年前にはじめて草サッカ-大会に参加した時に、ファ-ストミ-ティングをした場所だったから。

2007年8月11日 (土)

越中井

1_2

ちりぬべき とき知りてこそ 世の中の 花は花たれ 人は人たれ (細川ガラシア:1563~1600)

 「聖マリア大聖堂」から北へ徒歩1分のところに、「越中井」がある。この付近は細川越中守忠興(ただおき)の邸跡である。慶長5年(1600)関ケ原戦の直前、忠興が家康に従い上杉攻めに出陣中、石田三成は在坂諸大名の妻子を人質にしようとしたが、忠興夫人玉子(洗礼名ガラシャ)はこれに従わず、キリシタンであったがために自刃できず家臣に胸を突かせて37歳の生涯を閉じた。

 細川ガラシアは。織田信長を討った明智光秀の三女として逆心の娘として数奇な運命を生きた。辞世の句が美しいのではなく、どのような境遇であったとしても、誇りと品格とを抱き続けて生きたことが美しい。その証が辞世の句だ。「越中井」に立ち自分自身の心に刻んだ。

2_4

「細川ガラシア夫人とその時代」Webサイト

聖マリア大聖堂

 2_5

8月上旬に、実家へ寄った折に回り道をして、わが母校(高校)近くの「聖マリア大聖堂」近くを歩いた。「聖マリア大聖堂」は正式には「大阪カテドラル聖マリア大聖堂」という。白地に中央に青色を配した建築はしっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。聖堂入り口の両側には、細川ガラシア夫人とキリシタン大名・高山右近の彫刻がある。現在の大聖堂は1963年に落成した。近代建築家・長谷部鋭吉の遺作ともいえる建築作品である。

 17歳のうだるような夏の午後、同級生の女の子に連れられて、僕はその聖堂の礼拝堂に始めて入った。まるでク-ラ-が利いているようにひんやりとしていた。静けさが漂う礼拝堂の一番後方の席に座った。その女の子が抑制した小さな声で僕に言った。「右側の見えるのが『懺悔室』よ」 「それって何?」と僕はその女の子に尋ねた。「嘘をついたら、あの部屋に入ってマリア様にあやまって、これからはそのようなことはしませんと反省するのよ」 その日、生まれて初めて「懺悔室」という存在と意味を知った。

「聖マリア大聖堂」の場所と写真は、わが高校時代の愛しの玉造「日出通り商店街」のWebサイトを参照してください。

「玉造・日出通り商店街」Webサイト

2007年7月14日 (土)

NAGANO散歩(4)

 7/1(日)夜、息子と別れて、夜行バスに乗る前に風呂に入ろうと、JR長野駅から徒歩10分にある銭湯「アルプス温泉」へ行った。男湯の入り口を入ると、番台に座っていたおばさんから「いらっしゃいませ」と声がかかった。脱衣場で服を脱ぎ風呂場へ、私以外に中年男性が一人だけいるだけであった。

 個人貸切専用風呂であるような心地よい気分になりながら、こじんまりした湯船につかり、壁のタイル画を眺めていた。小さなタイルに描かれた絵はモザイク壁画のようだった。海辺光景が描かれていた。空、太陽、海、岬、灯台、小屋、自転車。信州長野の湯舟につかり、その絵から、ふとフランス映画の一情景を思い描いた。

014_2

7/1朝、善光寺へ向かう途中で「アルプス温泉」の写真を撮った。夜とは趣が違う。

NAGANO散歩(3)

 7/1(日)の夕暮れに、善光寺表参道にある刈萱山(かるかやさん)・西光寺(さいこうじ)に立ち寄った。筑紫の国、高野山、信州善光寺を結んで繰り広げられた平安時代の悲話「かるかや道心・石童丸」父子のものがたりゆかりの寺である。父は子に父とは名乗らず、子は父を父とは知らず、「同志」としての修行を歩んだ。

 夕暮れ時の小さな寺の境内に、中年の女性連れがいた。「すてきな話ね」と言う声が聞こえた。確かにそうだ。どうしても悲話とは受け止められない。人と人とが、同じ志を抱けば繋がるというすてきなものがたりである。

016_1

015_2

017_1

「かるかや道心・石童丸」父子のものがたりについては、下記のWebサイト「高野山霊宝館」を参照して下さい。
※Webサイト「高野山霊宝館」 (トップペ-ジ→高野山よもやま記→文学→石童丸物語) 

2007年7月12日 (木)

NAGANO散歩(2)

 7/1(日)善光寺を参拝して後に、近くの「信濃美術館・東山魁夷館」に寄った。静寂が漂う館内には早朝にも関わらず数名の入館者それぞれが絵画と対面していた。私は絵画・芸術を鑑賞したり創作したりする能力をもちあわせていないが、美術館を訪れると心地よい気分になる。ゆったりと穏やかな静けさが心の中を漂う。

 ラウンジのソファに腰掛けていると、前夜の夜行バスの浅い眠りが影響してか、まどろみの中にいた。全面ガラス窓の外を眺めると、日本庭園にいるときのような風景が横たわり、名もない山が借景となっていた。静寂の中で、眺めていた。日常からはかけ離れた贅沢なひとときであった。

※Webサイト「信濃美術館・東山魁夷館」

002_2

2007年7月11日 (水)

NAGANO散歩(1)

 7/1(日)早朝に、「長野駅前食堂」で朝食を摂り、徒歩で善光寺に向かった。全国に広がる善光寺信仰の総本山である。善光寺は、宗派宗門、老若男女を問わず、民衆を救う寺として信仰された。高校2年生の時以来37年ぶりに訪れた。山門をくぐり人影まばらな境内で、国宝である荘厳な本堂を仰ぎ見た時、一瞬、私は17歳になった。

001_3

※Webサイト「善光寺」

2007年6月24日 (日)

淡路おのころ日記(7)

 610日、VS宝塚ECとのゲ-ム観戦終了後、佐野運動公園から津名港高速バスタ-ミナルまで約35分かかって、真夏のような日差しの中をリラックス・ウォ-キングした。喉が渇いている中で、待合室で10分後座っていた。バスがやってくるのを見計らって、すぐさま、売店で缶ビ-ルとおつまみを買って、高速バスに乗り込んだ。座席は往路と同じく運転手席のすぐ後方だった。ゆるやかな振動に身を任せ、運転手に少し気兼ねしながらも、ビ-ルで喉の渇きを癒した。ヒ-リング&リラックスタイムだった。高速バスは、一路阪急三番街高速バスセンタ-へと向った。

 日常という時間の流れから離れると、新鮮な感覚が甦ってくることがある。五感が鈍くなってきていることも事実である。年を重ねれば重ねるほどその鈍さは加速度を帯びて衰えていく。そのことを認識しているがゆえに、「まず、どこかに出かけてみる」ということを心がけている。ささかな1泊2日の淡路島への小旅行は、有意義で豊かな時間を私に与えてくれた。さまざまに見聞したことが多数あるにしても、その多くは忘れ去ってしまうが、感じること、考えることの契機となることも事実である。そのことの積み重ねが自分自身の生きることへの何かの糧となればと思う。(完)
※「淡路おのころ日記」はカテゴリ-「旅人」にまとめて掲載しています。

2007年6月23日 (土)

淡路おのころ日記(6)

 61011:00すぎに洲本高速バスセンタ-から路線バスに乗り、佐野運動公園へと向った。クラブユ-ス選手権関西大会ソレステレ-ジャ奈良2002 VS 宝塚FCのゲ-ムを観戦した。昨晩、一人酒が進みすぎた。前日のVSフレスカとの一戦、前後半をまたいでの12分間5失点が脳裏にこびりついた。なぜ、あれほどまでに脆く崩れるのか? 原因は多様なものがあるのだろう。そのことについてとやかく言う資格はない。ただ、昨晩居酒屋で酔いながらも未来を見た。どんな対戦チ-ムであったとしても、わがチ-ムも12間で5点する可能性があるんだ。

 意気揚々とひとり試合会場に赴いた。しかしながら、その勝手な思いを打ち砕かれるように、選手・指導者・応援の保護者の健闘むなしく、またも敗戦を喫した。ただ、本大会初得点を記録したことは、明日への希望としてつなぐことができた。敗ぶれることから人は多くのことを学ぶ。明日・未来という日々は続く。ロベルト・バッジオがアメリカW杯決勝戦でPKをはずし傷心のとき、彼の妻が言った  「それでも、人生は続くのよ!」

より以前の記事一覧

最近の写真

  • Img
  • Img
  • Img_0001
  • Img
  • Img
  • Img
  • 生駒山ケーブルカー
  • 20091206_050
  • 20091206_044
  • 20091206_040
  • 20091206_038
  • 20091206_035