佐古旅立ち
NPO法人ソレステレ-ジャ奈良2002顧問である、佐古紳が、2005.9.15に、永年の夢であった「田舎暮らし」を実現すべく、自分自身で設計し建てた家、三重県宮川村へと旅立った。
2005.9.14. 20:09 佐古さんから携帯に電話がかかってきた。ぼくは、会社の同僚と酒を飲み、別れて、帰宅するため、近鉄布施駅のホ-ムにいた。「あした、三重へ引越しする」「もう少し早く、電話くれへんかったん?」「忙しかってん!」「気になってたけど、合併・店舗統合・希望退職で、俺も忙しくて連絡できなかって、すんません!」 しばらく電話で話した。電波状態が悪く、携帯電話が途切れた。奈良行き準急に飛び乗った。電車の中で、二名FC・西奈良ニ-ノス時代の思い出が走馬灯のように駆け巡った。奈良での最後の夜である。わが最寄り駅、富雄を過ぎた。西大寺駅で下車した。携帯で佐古さんに電話をした。「今、どこにいてるん?」 「家へ帰る途中や」 「今から行きますわ!」 「散らかってて、なにもないでえ」 「逢いにいきます。顔を見に行きますわ!」
近鉄京都線山田川駅で降りてタクシ-に乗った。引越し準備で多忙な居宅で、奥さんを交えてビ-ルを飲んだ。短い時間であったが、合いも変わらず話し込んだ。テ-マはいつも通りの堅い話であった。奈良での最後の夜に、正確に言えば、京都・木津での最後の夜に、一緒に酒を飲み話ができて楽しかった。何も手土産を持っていかなかった。礼儀知らずかもしれない。ぼくは、何も手土産を持参せずとも、自分自身が出向くことが、最高の感謝と礼儀をあらわす行為であると信じている。人から見れば無礼かもしれない。でも、佐古さんなら理解していただけると勝手な解釈をしている。
佐古さんには、「自ら、判断して、行動していく人材を、サッカ-を通じて育成したい」という正統派のポリシ-があった。ソレステもまたそのポリシ-を継承している。末端まで浸透しているかどうかは別にして。二名小学校校区で、教育的な意味で、子どものジュニアサッカ-を地域の中で根付かした功績は多大なものがある。二人で酒を飲めば、言い合いをしていた。懐かしさがこみ上げてくるとともに、多くのことを学んだ日々を思い出す。謝! 謝! わが師である佐古紳の新たな旅立ちを心から祝う!(2005.9.20)







































































































