11/22(日)夜、久しぶりに、CD「カルメン・マキ&OZ」を聴いた。この2枚組のCDをいつ買ったかは定かではない。恐らく1996年頃、今から10年以上前だったような気がする。その時も間違いなく、CD「カルメン・マキ&OZ」を無性に聴きたかったのだろう。
今から30年以上前、1977年5月 日比谷野外音楽堂、同年10月 新宿厚生年金会館にて収録されたライブ盤だ。昨晩、二階堂を飲みながら「空へ」「私は風」を聴いていると、不覚にも網膜の奥底が潤んでいた。私は、カルメン・マキが唄う「空へ」が大好きなのだ。
【空へ】
「・・・・・・・・・遠く聞こえる おまえの唄が いつも私をささえた いつかはきっと おまえのように 飛んでみせるよ 私も 明日はきっと おまえのように 翔んでみせるよ 私も」
カルメン・マキは、私の若かった頃、私にとってあの時代の唯一の女性ロックシンガーであった。昨晩ライブ盤「空へ」「私は風」を聴きながら、そのことをあらためて、私は心の中で確認していた。
カルメン・マキのWebサイトを開いてみた。「Maki's Real Life」の中の「同士1」(2009.11.22)を読ませていただいた。
『同時代を共に生きてきたという実感を持つ者同士は
どれほどの空白期間があっても再会すればすぐ基に戻る。
でもこれは60年代~70年代の怒涛の時代の洗礼を受けた者
特有の感覚かもしれない。
あの頃青春時代(死語?)を過ごした者、
特に学生運動をやっていたり、やっていなくても社会に対して
何らかの問題意識を持っていた者には
「話好き」が多い。』
私はこの言葉を詠みながら心の中でうなづいてた。カルメン・マキは、「ミューズ」としてあの頃からずっと今も詠いつづけているのだ。
「カルメン・マキ」Webサイト
今晩、風呂上りにジャズのCDを聴いている。スティーブ・キューン・トリオ「誘惑」だ。なぜ、このCDを聴こうとしたのか? たまたまの偶然なのだろうか? いや違う! 今日のサッカーゲームを観戦した余韻が、私の手元にある数少ないCDの中から、その時の気分で選んだ。「誘惑」という言葉が選択のキーワードだった。
「誘惑」という言葉を「広辞苑」で引けば「人を迷わせて、悪い道にさそいこむこと」とある。でも、私は今日の気分を「人を迷わせて、良い道にさそわれた」という思いから「誘惑」という題名のCDを自然と選らんだのだ。
それは今日、ソレステジュニアユースの選手たちのプレーを見たイマージュだった。彼らのプレーには指導者のゆるぎない「軸」が不完全であるのかもしれないが、「積み石」のように表現されている。10/10のそれぞれのカテゴリーの勝敗の結果は、選手やスタッフは勝ち取るべきものだ。しかし、私には今日のゲームのぶれない「軸」の確認と、その成果を垣間みることができて、ささやかな心地よさを感じている。それは私だけが思っていることなのだろうか?
妻が買ってきた安価な焼酎「かのか」を飲みながら「誘惑」「黒い瞳」「思い出の夏」「ジャンゴ」「言い出しかねて」などのスティーブ・キューン・トリオのロマンチシズム溢れる演奏を聴いている。今宵は心地よく眠れそうである。
8/7(金)・8(土)の両日にわたり橿原文化会館で、第51回奈良県吹奏楽コンクール中学校Aの部が行われた。参加校は50校だった。香芝東中・平城東中・都跡中の3校が関西吹奏楽コンクールへ出場することになった。登美ケ丘北中は金賞、二名中は銀賞だった。
7/13(月)夜、大阪市西区・京セラドームで、アメリカのフォークデュオのサイモン&ガーファンクル(S&G)のコンサートが行われた。40歳~60歳代を中心とした35,000人が、その音楽に酔いしれた。日本公演は16年ぶり、大阪公演は27年ぶりになるそうだ。
S&Gは、1960年代後半~1970年代前半、透明なハーモニー、メロディ、詞で、その当時の若者たちを魅了した。私もまたその中の一人だった。混沌とした若者たちの叛乱も終息に向かう中、その音楽は、多くの若者たちの心を癒した。
このアルバム名の一曲目は、「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋)という素敵な曲だ。1964年、ポール・サイモンが作詞・作曲した代表曲で、静けさと透明感が漂い、歌詞が心にしみる。その当時も、今も。
君が疲れて、しょげているなら
瞳に涙があふれているなら、僕がすべてふいてあげる
君のそばにいるんだ、辛い時だって
友達が近くにいなくても
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから
「東京ブラススタイル」という11人のガールズ・ブラス・ユニットが活躍している。ジャズ。ロック、スウィング、ラテンなどの曲をブラスバンドスタイルにアレンジして、パフォーマンスで魅了し大人気を博している。
わが国の小中学校での文化会系部活動の中で、最大級の人数を誇るのが、「吹奏楽部」だ。高校部活のスポーツ大会の応援に、「吹奏楽部」はつき物である。高校野球、高校サッカー、高校駅伝しかり。「吹奏楽部」は文化会系に属するのであろうが、私にはどちらかといえば、体育会系のように感じている。まさに肉体を酷使する。
「東京ブラススタイル」は、「放課後プロジェクト」を実施している。全国各校の吹奏楽部を訪れ、演奏したり、楽器の指導を通じて、音楽の楽しさ、プロへの夢を育む、最後は合同演奏、素敵な体験プロジェクトだ。素直に書き記しておけば、私は楽器など演奏できはしないが、「吹奏楽部」が大好きなのだ!
「東京ブラススタイル」公式サイト
大阪市西区・九条から西梅田にある「ジュンク堂書店」へ本を買うために寄り道した。地下街を歩くのは閉塞感があって余り好きではない。それより暑かったとしても太陽を浴びながら地上を歩きたい。もうひとつ高い場所に立ちたいというのが、私の変な性向だ。
梅田阪急百貨店前の歩道橋を渡った。地下や平面の地上を歩けば労力も少なく快適であるはずた。でも、その歩道橋を渡った。遭遇した!歩道橋の上で若者たちがストリートライブをしていた。グループの名は「楓」(かえで)というようだ。
室内のライブコンサートのように特定の若い観客が来ている訳ではなく、通りすがりの者たち、年齢・性別はさまざな人々が耳を傾けていた。仲間たちはチラシを配布していた。私もまた、一観衆として立ち止まりしばらくの時間、彼らの音楽を聴いていた。
ライブコンサートではもっと派手なメイク・衣装で演奏するのだろう。ストリートライブはおそらく彼らの「自然なありのままの姿」が表現されている。聴いているのか、聴いていないのかわからない、通りすがりの者たちに、一生懸命に彼らの想いを伝えようとしていた。
自分たちが、何を伝えたいのかにこだわれば良い。第三者が若さの未熟さを指摘しても、気にすることはない。歌え!叫べ!素直な自分自身であれ!きっと自分自身も変わり、周りをも変えていくことの希望が見えてくるはずだ。頑張れ!頑張れ!!
7/7(火)、七夕の日、日本経済新聞夕刊の文化面の記事、「岡林フォークに若者 共感」を読んだ。 1960年代末、若者たちにとって「フォークソングの神様」として岡林信康(62)は存在した。40年を経て、今再び脚光を浴びている。「暗い社会情勢の中、若者たちが明日を模索する歌詞に共鳴し、音楽の新鮮さに心を動かす」そのような状況が共感を生み出している背景にあるという。
久しぶりに、岡林信康の復刻盤「私を断罪せよ」を聴いた。1969年に録音されたことははっきりと明記されていた。1992年、私が38歳の時に復刻された。私がそのCDアルバムをいつ買ったのかはっきりとしない。そのCDアルバムが我が本棚の片隅に存在するということは、その時、岡林信康の歌を聴きたいと思い買ったことは確かだ。
「くよくよするのはもうやめさ 今日は昨日を超えている」 (今日をこえて)
「暗い手紙になりました。だけど、私は書きたかった」 (手紙)
「それで自由になったのかい それで自由になれたのかよ」 (それで自由になったのかい)
「あいつにあったなら あの世で二人また旅に出よう」 (ランブリング・ボーイ)
「友よ この闇の向こうには 友よ 輝く明日がある」 (友よ)
岡林信康の歌は、間違いなく、その時代をはっきりと映し出した音楽であることは間違いない。今晩、「私は断罪せよ」というCDアルバムを聴きながら、岡林信康、本人が彼自身をどのように判断しようがしまいが、1960年代末を象徴するシンガーであったことは、大袈裟かもしれないが、まさに歴史的事実そのものだ。「友よ」という歌を叫び歌っていた青臭い、純情なあの頃を、今、思い出した。
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