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2008年5月 2日 (金)

ネパールの子どもたち(14)

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 ネパールの子どもたちは、恥ずかしがり屋だ。どこか日本人と合い似る側面がある。人に言わせれば、穏やかな性格の人が多いと言う。インドからネパールに入った旅人に聞くと、風土の違いから、ネパールに入った途端に安らぎを感じるらしい。風土は人間の生活に大きな影響をおよぼす。神々の峰、ヒマラヤの自然に囲まれて歴史を刻んだ人びとにも、その風土が糧を産み出したのだろうか。

2008年4月30日 (水)

ネパールの子どもたち(13)

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  1990年1月、仕事という日常の中で、視野を確保できないまま毎日を過ごしていた。その当時は、大学を卒業し就職して14年余りが経っていた。どこかで日常性に埋没していたのだろう。そんな時に、清水の舞台から飛び降りるつもりで、なけなしの全財産を投入して、家族を引き連れてネパールを訪れた。子どもたちに余りにも会いすぎた。刺激が余りにも強すぎた。ネパールを訪れたのは、自分の生きてきた中での大きな転機のひとつになった。

ネパールの情景(1)

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1990年1月4日、トレッキングが終了し、同行したシェルパの人びとと、ベグナス湖近くで撮った集合写真である。

2008年4月27日 (日)

ネパールの子どもたち(12)

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 1990年1月、ネパールのどこかの村、少年は左手に教科書のようなものを持っていた。学校帰りであったのだろうか? 家の中よりも戸外の方が快適なのだろう。子どもたちの多くは外で遊んでいた。数知れない子どもたちに出会った。それが、たった通りすがりであったとしても、私の視野には強烈な印象として焼付けられた。私が、36歳の時だった。

2008年4月26日 (土)

ネパールの子どもたち(11)

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 1990年1月、もう18年前の写真だ。丘の上に子どもたちが集まってきた。子どもたちを多さに驚いた。その時に、素直に思った。日本での日常の中では、毎朝、通勤電車に揺られ、夜遅く、わが自宅へと帰る日々に、子どもたちを見たり接したりする機会は皆無に等しかった。この写真を撮っている時にも、得体も知れない何かの想いが湧き出していたのかもしれない。
 中央右よりの女性がわが妻の18年前の姿、その左にちょっぴりと顔を出しているのが私の長女だ。この写真に写っている姿から、今は外見だけではなく内面も変化している。私もまた同様に。それぞれが少しは人間的に成長してきたのだろうか?

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