「佐渡情話」
佐渡へ添乗旅行に出かけた折に、バスガイドさんとなにげなく会話をかわした。「たらい舟」の話になり、昔の記憶がおぼろげながら浮かんできた。ガイドさんに聞いた。「たらい舟に乗り女の人が海を越えて対岸まで渡った恋物語があったなあ?」「それは佐渡情話です!」と答えてくれた。ああ!そうだ!「佐渡情話」だった。忘れかけていた。
佐渡情話(さどじょうわ)は、佐渡に伝わる島の娘と対岸の越後の男との悲恋の民話だ。「むかし佐渡に漁師の娘がいた。娘は対岸の柏崎から来た船大工の男と恋に落ちた。二人は佐渡で逢瀬を重ねた。仕事がなくなり男は佐渡へ来なくなった。娘は恋情の末、夜にたらい乗って海を渡り、対岸の柏崎まで通う事にした。妻子がいる男は、最初は喜んだが恐ろしさを感じた。ある夜、娘が海を渡る目印していた柏崎の岬にある常夜灯を男は消した。娘は行く果てもなく海を漂い波にのまれ、娘の亡骸が柏崎の浜に打ち上げられた。娘を死なせてしまった男は後悔し後を追って海に身を投げて命を絶った。」
たかだが伝承の「情話」でしかない。それでも、人びとに永く紡がれ語り続けられることは何を意味しているのだろうか? 男と女の恋物語以上の、人としての「情念」の怖さと凄さとして、また教訓として私は受け止めたい。
芭蕉は「おくのほそ道」の中で、越後・直江津の地で佐渡についての一句を詠んでいる。
荒海や佐渡によこたふ天河
この句に、私は佐渡の歴史と恋歌の匂いを感じてしまう。








































































































息子のトレッキング許可証
























