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2009年11月23日 (月)

二名中学校への坂道

20091121_001 富雄川沿いから二名中学校への坂道

 わが家からゆるやかな坂道を東へ5分ほど下ると富雄川沿いに出る。春日橋を渡り富雄川沿いに南に2分ほど歩き、二名地域包括センターの角を曲がり、二名公民館分館を超えると細い曲がりくねった道に入る。最後の急な坂道が見えてくる。

 11/21(土)午後、「ヴィッセル神戸観戦」のための集合場所である二名中学校まではもう少しだ。途中でいっぷくしてシャッターを押した。自宅からは15分ほどかかった。この坂道を登りきると、二名中学校、二名公民館、トレドの森、二名幼稚園・小学校、桜華保育園がある。

 わが家の子どもたちは、学校へとつながるこの道を数え切れないほどに上り下りしたことだろう。私もまた。

2009年10月31日 (土)

「二名公民館」の新しいリフレットを見かけて

Img_0001  10/31(土)午前、奈良市・二名公民館へ立ち寄った。そこには地域の行事・催し物・イベントのチラシ・パンフレットが並べられているので、定期的に訪れることが多い。私自身の、か細いレーダー網を保持したいという想いが、そこを訪れる理由でもある。

 2階のホールでは、社交ダンスグループが活動していた。ダンス音楽が私の耳に聞こえた。アストル・ピアソラの「リベルタンゴ」だった。私が好きな曲だった。どのような人々がこの曲を踊っているのだろうと好奇心を抱きながらも、その場面を見ることはぜずに、館長さんと少しの時間立ち話をした。

 私が見たこともない、「二名公民館」新しいリフレットが目に入り手に取った。館長さんに尋ねた。「このリフレットは以前からありましたか?」「いいえ、作ったのは最近です!」 素敵な真新しいリフレットだった。

 私は、「二名公民館」のロケーション、雰囲気が以前から大好きである。「公民館」は社会教育の地域拠点である。残念ながら「学校」は、当たり前のことであるが、「学校教育」の拠点であり、「地域スポーツ」の施設の拠点であったとしても、「社会教育」の地域拠点でない。私は常々そう思い続けている。

 館長さんに言わなくもよいことを素直につぶやいた。「学校」の校長先生にはそうはいかない。2階ホールで社交ダンスが活動してい中から流れてくる音楽に耳を傾けながら、私は、「アストル・ピアソラの“リベルタンゴ”が大好きですねん!」と。

2009年10月20日 (火)

「信州ダービー」の朝、ニ名春日

「信州ダービー」の朝、ニ名春日
「信州ダービー」でのパルセイロの魂闘を祈念する。(携帯6:22)

2009年10月11日 (日)

10/11(日)二名カップの早朝に

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 10/11(日)朝早くの二名小学校グラウンドの風景だ。コーナーフラッグの場所から見渡した。青空が広がっていた。今年で28回目の「二名カップ少年サッカー大会」第2日、二日酔い気味のけだるい気分も、グラウンドに立ち青空を眺めると霧散した。この地域で少年サッカーに関わった多くの人々のことを思い浮かべた。感謝!

2009年9月22日 (火)

2009.9.22「二名春日だより」

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 9/22(火)奈良市二名春日の午後の風景である。

「海龍山王龍寺」への道しるべ

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 私は自宅へ帰る時、近鉄富雄駅から富雄川沿いを15分程度歩き春日橋を左に曲がる。左の写真の「左海龍山王龍寺」の石の道しるべを見た時、「帰ってきた!」という一瞬安堵した気持ちになる。

 そこから5分程度ゆっくりと歩くと、「上王龍寺」の道しるべの前にたどり着く。、急な坂道をあえぎながら歩む時、「ほんとうに帰ってきた!」という大げさな言い回しながらも、日常的なささやかな安らぎである。

 毎日、朝夕、王龍寺の石の道しるべの横を通り過ぎながら生活している。その道しるべがいつ、誰が建立したのかを私は知る由もない。ただ、少なくとも私にとっては、この地に住み続けてから、私の視野を奪い続けている実に愛おしく、お守りのようなものなのだ。

2009年9月15日 (火)

王龍寺の苔むした石畳

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2009年9月13日 (日)

飛鳥カンツリークラブ近くの空と雲

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 わが家から徒歩10分、「飛鳥カンツリークラブ」近くから眺めた空と雲である。恥ずかしげもなく書き記せば、私は空と雲が大好きである。青空だけでは物足りない。56歳になってそのようなことを言えば笑止されるのだろう。でも、事実は事実なのだ。

 今、本棚から詩:宮澤賢治、画:黒井健のイーハトヴ詩画集「雲の信号」を開いて眺めている。その見開きページに黒井健さんの言葉が記されている。 「自然の風景は、いつも人の心に寄り添ってくれます。かなしいときは、かなしいように。うれしいときは、うれしいように。」

 
飛鳥カンツリークラブ近くの道を歩いていた。なにげなく、その時、空と雲を見上げた。綺麗だ!美しい!と素直に思った。見てくれは貧相であったとしても、何事に対してもちょっぴりは美しさにあこがれてしまう自分自身が存在する。

今日のわが家近くの風景

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 今日、我が家から徒歩1分、坂道を少し登ると、写真の風景が眼に飛び込んでいる。実にのどかな風景だ。遠くに建物が見える。奈良育英西高校だ。我が家にいると女子生徒の声が聞こえる。チャイムの音も聞こえる。一瞬、私は奈良に住んでいるのか、それともどこかの地方都市に住んでいるのか、錯覚を生じてしまうことがある。

まるで「画学生」のように素敵だった!~王龍寺にて

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 今日は秋日和、久しぶりに王龍寺までの道をゆっくりと歩いた。山門前で、水彩画を描いている壮年男性にお会いした。山門前に佇み絵筆を走らせていた。山門をくぐり本堂への周囲が苔むした石段を登った。その石段の途中にも絵筆を走らせる壮年男性にであった。今日は、もしかしたら絵画サークルの写生会なのかもしれないと思いながら本堂を目指した。本堂脇でもまた同様に水彩で写生をされている姿を見かけた。女性も幾人かいらっしゃった。

 私と同年齢かそれとも年上なのだろうか、男女20名はいらっしゃった。熱心に絵筆を走らせていた。その姿は若い「画学生」を思い浮かべた。「画学生」など死語なのかもしれないが、私は咄嗟にその名詞が脳裏に浮かんだ。遠い遠い昔、祖母から「文士」と「画学生」にだけはなってはいけないという言葉を聞いたことを思い出した。

 描く客体に向かい絵筆を走らせている。ただじっとしてその客体を見つめながら、もしかしたら己を見つめながら、その感じ見えたものを画用紙に無言で表現する。実に素敵なことだと私は思う。豊かな時が静かに流れていた。

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