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2019年4月23日 (火)

薬師寺へ心込めた瓦~長野県上田市立第二中学校

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1年前のFacebook投稿記事が現れました。抜粋一部修正し再掲載します。

2018年4月14日読売新聞夕刊の記事、「薬師寺へ心込めた瓦 70年前寄進 長野の中学生継ぐ」を読んで(抜粋改変)

 奈良・薬師寺へ修学旅行で訪問した長野県上田市立第二中学校が、解体修理中の「凍れる音楽」と讃えられた「東塔」(国宝)の瓦に寄進しました。

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 約70年前の修理の際に、奈良県が修学旅行で訪れる学校の中でも特に熱心に見学していた長野県の学校に寄付を呼び掛けたところ、同県の各学校の児童・生徒から寄付金が集まり修理に充てられ、瓦の一部の裏に学校名が記されました。

 今回の解体修理でその経緯と瓦の存在が判明し、昨年夏に、約70年前に寄進された瓦は長野県の各学校へと引き渡され、上田市立第二中学校もその中の一校で、その経緯を知った同校生徒が寄進を提案し、修学旅行の途上に薬師寺を訪れて、同校の建学精神にちなんで「明」「倫」「心」と墨書しました。

 

 実は2013年11月23日、僕は上田市立第二中学校を訪れています。それはなぜ?JR上田駅から上田城跡公園へと歩いていました。いい匂いが漂ってきて何かお祭りでもしているのだろうと学校敷地内へ入りました。「PTAフェスティバル」でした。

 何の関係もないのですが「やきとりの匂い」に誘われて何食わぬ顔で構内を遊覧し、「奈良から来ました!」などと名札もハチマキもしていないので、奈良市住人がやきとりや焼きそばをほおばってるとは、よもや関係者はご存じではなかったことでしょう。「忍者シカマロ君」「まほろばの影丸」のようなものでした。

 そこではやきとりと焼きそばを食べました。「かくし味は愛」なのでしょうか。その地の根底には「明」「倫」「心」が流れているのでしょうか。長野と奈良は「縁」で繋がれているのかもしれません。

 

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