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2015年12月 9日 (水)

奈良薬師寺「60年前に長野県下の各学校から寄進された瓦」

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 12月6日(日)午後、薬師寺「国宝東塔 水煙降臨展」の会場に入った。「60年前に長野県下の各学校から寄進された瓦」が展示されていた。

 2年ほど前、東塔解体修理が始まった時にその瓦の存在が判り、当地新聞また長野県下の新聞でも記事になった。

 今日、その瓦を眺めながら、「会津と奈良」というだけでなく「長野と奈良」のつながりをあらためて感じている。...

 薬師寺関係者も、60年前の恩義を決して忘れてはいない。なぜなら、展示場の片隅ではなく、東塔水煙に正対して展示していたことからも、そのことははっきりと私にはわかる。

 2年余り前、2013.10.17、わがブログに「60年前 信州・長野の308校 薬師寺東塔の瓦に寄進」というつたない雑文を記した。その一文をここに掲載します。お読みいただければ幸いです。

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「60年前 信州・長野の308校 薬師寺東塔の瓦に寄進」
                   (ボランチノート2013.10.17)

 10/5(土)奈良新聞で、「薬師寺東塔の瓦 長野の308校が終戦直後寄進 解体修理で344枚見つかる 児童・生徒ら募金、資料で確認 今も続く深い縁」
 10/10(木)読売新聞朝刊で、「東塔瓦 長野308校の絆刻む 薬師寺に60年前寄進 葺き替え 修学旅行の縁で依頼」

   二つの新聞記事を読んだ。現在、奈良・薬師寺の東塔は、約110年ぶりに全面解体修理が行われている。昭和26年に屋根の葺き替えが行われた際、寄進した長野県の学校名が刻まれた344枚の瓦が見つかった。

   同寺によると、東塔から降ろされた瓦、約3万3600枚のうち、4815枚の寄進瓦を確認した。へら書きには個人名や学校名がしるされており、学校単位の寄進は長野県だけだった。

 その寄進瓦には、「軽井沢東小学校」「北安曇農業高校」などの長野県の小中学校・高校の校名があった。また、同県教職員団体「信濃教育会」の名もあった。

   寄進瓦の発見を受けて信濃教育会が保存する資料を確認すると、奈良「奈良県国宝保存連盟」から同会への寄進依頼文があった。その中に、長年、修学旅行で奈良県を訪れ、マナーもよい長野県の関係団体に寄進を呼びかけたとしるされていた。

   当時は戦後の窮乏期、にもかかわらず、小中学生5円、高校生・大学生10円、教職員20円、総額約50万円を寄付した。現在の貨幣価値では約1500万円の高額だ。

   信濃教育界会長は、「戦後間もない時期に、こうした交流があったことに驚き、ロマンを感じる」 また、同寺執事は、「寺が、歴史や文化を大切にする信州の人たちの温かい思いに守られてきたことがよくわかる」と感謝を込めていた。

   寄進瓦4815枚の内、長野県の学校関係からは344枚、その割合の多さに正直驚いている。 とともに、信州びとの気概に感心するとともに、信州大好きびととしては、実にうれしい思いが湧いた。

 フェノロサが「凍れる音楽」と称した薬師寺・東塔の瓦に、「信州長野」の人々の想いが刻まれている。奈良県と長野県、いや信州とはつながっている。

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