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2015年12月 3日 (木)

奈良・「鴎外の門」へ

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12月2日(水)午前、大学オープンクラスの講義を受講しました。その帰路、大学から近鉄奈良駅まで歩き、奈良国立博物館の北東角にある「鴎外の門」へ立ち寄りました。

 明治の文豪・森鴎外は晩年、大正7年~11年に帝室博物館総長に就任した関係で、毎年秋に5回ばかり正倉院宝物の開封のため、奈良に1ケ月間滞在していました。その時の官舎がその地にあって今は門だけが残り「鴎外の門」という名がしるされたりっぱな碑が建っています。

 その滞在中に詠んだ短歌を森鴎外は「奈良五十首」として刊行しました。森鴎外は大正11年に亡くなりましたから最後の作品だそうです。正倉院展開催中に「鴎外“奈良五十首”を読む」(平山城児:中公文庫)を読みました。

 大正末期、奈良の荒廃に身を置き、森鴎外は「古きよき時代の奈良」を思い描きながら、わが国の文化的なものを大切にしないその当時の時代風潮への憤りがその歌の端々に垣間見ることができます。

 その当時、和辻哲郎が名著「古寺巡礼」をしるし、また、歌人会津八一が初めて奈良を訪れています。その後、会津八一は奈良を高らかに歌い上げました。

 明治維新以降、西欧文化を取り入れてきた中で、大正末期にはわが国文化への振り返りが生じた時期なのでしょう。大正末期の時代は「奈良ルネッサンス」が初めて生じた時代だったのかもしれませんね。

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