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2014年9月12日 (金)

57年ぶりに、養老電鉄「烏江駅」に降り立って

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 61歳の私がこの写真の年齢だった頃、一緒に写っているのは祖母です。この写真をとってもらった時の記憶は隠れている。でも、その日の断片的な記憶は今も覚えている。現在の岐阜県・養老鉄道烏江駅近くの風景を。

 その頃のことをおとなになった今の言葉でしるす。ホームに降りた。木組みの改札口を出た。川が見えた。右に曲がった。堤防の道を歩いた。右側に山並みが見えた。

 その道は遠くまで続いていた。家は見えなかった。「きぼう」と「ふあん」が入り混じっていた。「どこまであるくのだろう、おばあちゃんがいなくなるとどうなるのだろう?」確かにそのようなことを思った。

 祖母の手に引かれて歩いた。しばらくして家が見えた。堤防の道から右へと下った。土蔵が見えた。にゅるにゅるとした長い生き物が突然に道を横切った。びっくりした。へびだった。

 その夜、風呂に入った。大きな樽だった。丸い板が浮いていた。その樽の横でおばあちゃんが手をつないでいてくれた。その板の上に足をかけて乗った。その重みで板は沈んでいき胸まで湯につかった。後年、おばあちゃんいわく「五右衛門風呂」のようなものだと聞いた。

 生まれて初めて遠出してお泊りに出かけたのだろう。路地裏小僧にしてはよそ行きのいい服、折り目の付いた半ズボン、白いサンダルを履いている。

 その日、初めて「ふあん」を感じた日だったのかもしれない。初めて遠くにやって来て見ず知らずの人の家に泊まる。57年前の写真に写る自分自身の表情に、その時の「ふあん」がはっきりと映し出されている。

 そののち祖母にはいろいろな場所へと連れて行ってもらった。個人的に身勝手にも、「わが旅」の始まりの日の記念すべきすてきな写真だと、今ひとり思っている。

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 その地へは一度だけしか行っていない。その日から57年以上を経て、2014年8月22日、その駅、岐阜県大垣市近くの養老鉄道烏江駅へ降り立った。

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  その駅を降りて堤防沿いから、その周辺をふらふらと1時間ばかり歩いた。たった一度しかいかなかった町、いや当時は村、さ迷いながら不思議と懐かしさが込み上げてきた。

  幼児期のさまざまな記憶の大部分は隠れたままなのだが、なぜなのだろうか? その日の記憶はしっかりと長年にわたり脳裏に刻まれている。よほど強烈な印象があったのだろう。どこか、「想像のふるさと」を彷徨しているような気分だった。

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