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2014年4月19日 (土)

大阪森ノ宮「豊祝」に立ち寄って

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 4月18日(金)夜、大阪森ノ宮駅駅近くの大衆酒場「豊祝」で少し呑んだ。少しだけだが。
なぜ、そこで?  通りがかりに、実は「豊祝」という屋号が気になった。奈良で「豊祝」という日本酒の銘柄があること、近鉄奈良、西大寺、なんばで「豊祝」の立ち呑みところがあることも知っていた。

 でも、なぜ「豊祝」が京都「伏見の酒」なのだろう?と言うのが大いなる疑問で、酒を呑むのはどうでもいいのだが、ちょっと疑問を解明したいという、へんてこな興味が湧いた。店主に聞いた結果、京都伏見、奈良の「豊祝」は、大阪玉造で繋がっているのだ。そこが創業地だと初めて知った。

 ちょっと自宅に戻ってから「豊祝」の歴史を調べて見た。店主曰く、明治時代の初め、創業者が九州から出てきて大阪玉造で酒の小売・卸業を営んだ。人が作ったのを売るだけでなく、自分で作って売りたいと思い、善き水を求めて奈良、伏見へと移り歩いたという。

 その地として、まず奈良、そして京都・伏見で酒造したと聞いた。奈良と伏見の「豊祝」はつながりがあるのだという。Webサイトで調べてみると、店主が語ったことは事実だった。玉造の直売所の場所と確かにあったことを覚えている。玉造駅から長堀筋沿いに西へ200メートル、角にあった銀行の手前左だ。なぜ覚えているのか?高校時代の帰り道その前をよく通ったから。




「稲実り 国も豊よ 祝い酒」という創業者の言葉から「豊祝」と名付けられことを初めて知りました。

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