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2012年9月22日 (土)

「青葉茂れる桜井の・・・♪」を思い出して~楠木正成

Img 鶴橋・高坂書店で雑誌「歴史街道」10月号を買った。頻繁ではないが特集記事によって、この雑誌をたまに買って読むことfがある。

 「楠木正成」(くすのき まさしげ)という懐かしい名を見たのと、「東京駅物語」が特集記事となっていたので買った。

 たとえば、子どもたち、若者たちに、「楠木正成を知っている?」と聞いても、「AKB48」はすべての者が知っているかもしれないが、おそらく、「楠木正成て誰?知らない!」と答えるだろう。

 私は昭和28年生まれだが、学校で「楠木正成」のことを学んだという記憶はない。「戦後教育の世界」では、おそらく、封印されていたのだろう。

 なぜ、私が「楠木正成」のことを知っているのか? それは私の祖母が教えてくれた。正確に言えば、話して聞かせてくれたのだ。

 祖母は幼い私に、夏はちゃぶ台、冬は練炭火鉢の前で、いろいろな話を聞かせてくれた。いつも、話の前ふりは「おばあちゃんは尋常小学校中退、女中奉公に出た。字が読めない書けない。でも、話すことができる。」というものだった。

 小学校の頃によく話を聞かせてもらった。現代流に言えば、祖母主催の「お話会」に参加していたようなものだ。その折に「楠木正成」の「桜井の別れ」の話があった。父・正成、子・正行、今生の別れの場面だ。

 また丁寧にも、祖母はぜんまい仕掛けの蓄音機でレコードをかけて「桜井の別れ」の曲を聞かせてくれた。その成果かどうか、50年以上経った今でも、その話は記憶に刻まれている。また、その曲を口ずさむことができる。

 久しぶりに、その曲を「You Yube」サイトで検索して聞いてみた。なつかしい調べだった。あのころを思い出した。眼前に祖母の姿が浮かんだ。

「桜井の訣別」You Tube サイト

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