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2012年4月17日 (火)

「真田山公園ジョギングコース」情景2012.4.17



 4/17(火)職場帰りに、鶴橋駅前の「うをさ」で呑みながら、ふと、思いついた。鶴橋駅近く、天王寺区にある「真田山公園」へ行こうと。別に深い理由などもなく、散歩がてらにと、駅から徒歩10分のその場所へと出かけた。

 「真田山」とは、大阪夏の陣で真田幸村が陣を構えた場所だ。公園近くの「陸軍墓地」のそばの「三光神社」境内には、「真田幸村」の銅像が立っている。

 「真田山公園」では、サッカーをしている子どもたち、キャッチボールをしている若者たち、遊具で遊んでいる家族連れ、それぞれが、少し日が長くなった春の夕暮れ時を楽しんでいた。 



 訳もなく、スーツ姿で黒いかばんを持ちながら、ジョギングコースを、ほろ酔い気分でゆっくりと歩いた。小学校中学年だろうか、女の子が前から走ってきた。「何周を走るの?」と声をかけた。「三周!」と、あえぎながら、かぼそい声で言葉を返してくれた。



 少しすると、小学校低学年だろうか、男の子が左右に体をゆさぶりながら、孤独なマラソンランナーのように、とぼとぼと走ってきた。走り過ぎ去った。あわてて携帯電話付きカメラのシャッターを押したが、うまく写せなかった。ただ、男の子の後ろ姿をしばらく眺めていた。

 僕は、ジョギングコースを時計回りにゆっくりと歩いた。その子どもたちは、反対周りにジョギングしていた。公園を出ようと出口近くに向かうと。先ほどの子どもたちがベンチ近くで立っていた。おかあさんと子どもたち三人で、夕暮れ時のジョギングを楽しんでいたのだと、その時初めて気づいた。

 その家族は、家路へと向かった。突然に、また自然に、横にひろがり手をつなぎあった。僕はその情景が生じるとは予期していなかった。あわてて携帯電話付きカメラを取り出してシャッターを押したが、ぶれてうまく写すことができなかった。

 ジョギングを終えての、その家族の後ろ姿は微笑ましく温かであった。「絆」という言葉が氾濫しているが、もっともっと、「ほのかなもの」の大切さがある。それは、「手を取り合う」「手をつなぎ合う」「手を結び合う」という日常世界のどこにでもあるような、誰でもできるような行為の中にこそ、「のぞみ」と「きぼう」の原石が転がっているのだ。

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