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2011年12月 3日 (土)

はかま姿女子のフットボール写真を見て~大正時代 香川・丸亀

 11/30(水)朝、通勤電車の中で朝日新聞朝刊を見ていた。社会面(13版)の一枚の写真が目に飛び込んだ。見出しを見た。「大正にも“なでしこ” 香川・丸亀で絵はがき」。大正時代に、香川県立丸亀高等女学校(現:丸亀高校)生徒のサッカーをしている光景の絵はがき二枚見つかったのだ。

 その写真は後方に城がある校庭で、はかまの裾をしぼり、たすきをかけた女子生徒の一団が楽しそうにボールを追っかけている光景だった。撮影年月は正確にはわからないが、1921年(大正10年)頃だという。

 職場で同日の読売新聞朝刊を見ると、社会面(14版)にも、「87年前 元祖なでしこ?」という見出しで朝日新聞と同様の記事が掲載されていた。こちらは1924年(大正13年)頃の写真だ。読売の方の掲載写真は大きかった。はかま、たすき、そしてはちまきをしていた。その写真原本には、「運動会」「フットボール」の説明書きがあるという。

 わが国にフットボールが伝わったのは明治初年だ。同校の100周年記念誌に、1897年(明治30年)の」運動会種目に「フートボール」という記載があるという。現在の「女子サッカー」というものは、わが国においても古くから行われていたのだと、初めて知った。

 現在、わが国では「サッカー」という言葉を使うのが一般的になっている。当初は、英語の「Foot Ball」をそのまま、「フットボール」「フートボール」という言葉で、その運動(スポーツ)を呼称していた。

 現在の日本サッカー協会が創立されたのは、1921年9月だ。「大日本蹴球協会」という名称だった。戦後、「日本蹴球協会」に改称されて、1974年に現在の「日本サッカー協会」となった。「サッカー」という言葉が一般的になって、それほど時を経てはいないのだ。

 この二枚の写真は1920年、1923年のものだという。写真原本の説明書きに「フットボール」としるされていたという。確かに、この写真は「サッカー」の写真ではなく、まぎれもなく「フットボール」の写真だ。

 その二枚の掲載写真を見て、「討ち入り」という言葉が脳裏に浮かんだ。笑みを浮かべた女子一団が、相手ゴールに向かって「討ち入り」しているようだ。

 「フットボール」とは、守りながらも、相手陣内深く攻め込み、ボックスの中へと「内入り」して、ゴールを奪う運動(スポーツ)なのだ。「フットボール」は、本質的に「討ち入り」の気概を有しているものなのだ。

 大正時代に「フットボール」に興じている女子生徒の写真を見ながら、微笑ましくも勇壮なその姿に感銘を受けた。

※インターネットの「asahi.com」でも、その記事と写真が掲載されていた。

「元祖なでしこ? はかまでサッカー写真発見 香川・丸亀/asahi.com」 Webサイト

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