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2011年9月25日 (日)

爽やかな秋の朝に、その盾を

 9/25(日)雨上がりの爽やかな秋の朝に、昨日、鶴橋の実家から持ち帰った父の思い出の「盾」を戸外でカメラに写し取った。

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 わが父・塚本留利の大阪市消防局勤続35年の表彰盾だ。「あなたは三十五年の長きわたり消防の職務に精励し消防業務の推進に寄与せられた功績は誠に顕著であります。ここにこれを表彰します。 昭和59年11月30日 大阪市城東消防署長」とその盾にしるされていた。

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 その盾には、「定年退職記念 贈 塚本留利殿 昭和59年11月30日 大阪消防局」としるされていた。その盾の裏に、「輅車 福岡道夫作」と刻まれていた。今日はじめて、輅車」という単語を「ろしゃ」と読むことを知った。無知であった。その盾はずっしりと重かった。

 わが父・塚本留利は、越後・大島村で生まれ育った。尋常小学校卒業としてしか学歴はなかった。戦後、その村を出て関西方面に出てきた。その間の詳しい履歴は知らない。ただ、昭和24年に大阪市消防局に勤務することになった。それから35年間、消防士として一所懸命に勤務し続けた。これがその「証(あかし)」だ。

 私の知るところ、父は終生にわたり自分自身の「尋常小学校卒」という学歴にコンプレックスを抱き続けていた。多くの苦渋を味わったのだろう。名声、地位、財産とは無縁であった。それでも、一所懸命、一生懸命に生きた。他のすべての人々がそのことを認めなかったとしても、この「盾」を前にして、私だけは必ず認める。

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