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2011年9月25日 (日)

巡恋歌 2011.9.24

 9/24(土)5:00に起床した。本や新聞を読んだりパソコンを打ち込んだりしていた。以前から体のある部位に継続的な痛みが生じていたことが気になっていた。10:00過ぎに杵築神社近くの整形外科へ出かけた。レントゲンを撮ってもらった。加齢による骨の変形が原因だった。それほど大事に至らないが完全に痛みが消失することはないという。まあ、命に別状はないので、まあ、いいかあ!と楽観気分だった。

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 整形外科を出て、近くの杵築神社へ向かった。二名・富雄地区の氏神さまだ。久しぶりに立ち寄った。

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 二人の女性が車から降りて境内への石段を登っていた。

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 母親と娘なのだろう。お参りに来られたようだった。黙して手を合わせていた。この地に来て24年余り、大きな病気をすることも、また入院することもなく過ごさせていただいた。黙して、私も手を合わせた。

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 杵築神社から春日橋のバス停まで歩いた。緑が鮮やかで牧歌的な田園風景だ。彼方に生駒山の頂が見えた。富雄川沿いを南下して、富雄駅まで歩いた。近鉄電車に乗り、わが生まれ育った町の氏神さまをめざした。

 大阪難波行きの快速急行の中で、散髪をしようと思った。髪が少なくなり散髪など不要なのだが。近鉄鶴橋駅で下車して、いつも行く安価な理容院へ出かけた。気持ちだけはすっきりして、昼食時だったので駅近くの中華料理「眠眠」で八宝菜定食を食べた。

 食べている最中に電話がかかってきた。「淡路交流合宿」の模様をブログに掲載したことへのお礼の電話だった。有難くまた恥ずかしかった。

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 「鶴橋本通商店街」を一路、南下した。「御幸森天神宮」をめざした。

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 道途中、「お染餅」と「末広餅」の店の前を通った。子どもの頃からその和菓子屋はあった。もう50年近くも営業を続けているのだ。凄いなあ!と心の中でつぶやいていた。

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 わがお宮参りの地、生まれ育った町の氏神さま「御幸森天神宮」だ。なぜ、ここに来たのか? この地へお宮参りをした後、58年間、職場・家庭において、大きな災いもなく、つつがなく暮らすことができた。9月30日付をもって職場での役職定年を迎える。ひとつの大きな区切りだ。そのことの感謝と報告に出向いた。

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 「御幸森天神宮」の境内に「難波津(なにわづ)の歌」歌碑がある。和文とハングルが並んで刻まれている。

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 (王仁博士)

 王仁博士(わにふみよみひと)とは、日本書記、古事記にも記載があり、百済からわが国へと渡来して、初めて漢字と儒教を伝えた人物だと言われている。

 和文とハングル併記の歌碑は珍しい。民族共生のこの町らしさが漂っている。

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 「御幸森天神宮」から鶴橋本通商店街を北上して、わが実家に近い準氏神さまといえる「比売許曽神社」(ひめこそじんじゃ)へと向かった。境内には人がいなかった。鶴橋駅の近くにあるのだが静寂な雰囲気だ。同じく感謝と報告を兼ねて黙して手を合わせた。

 「比売許曽神社」から徒歩3分のわが実家へ向かった。妹には事前に電話を入れていた。懐かしい路地を通り実家に着いた。妹にも、神社で報告したとおり同じことを繰り返した。

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 四方山話に花を咲かせた。この路地に住んでいた今は離散してしまった人たちの近況を聞いた。話しているとその人たちの顔が浮かんだ。また別の昔の話で笑い転げることがしばしあった。大成通(現:玉津)の実家にいると妙に気持ちが落ち着く。

 兼ねてから貰う約束にしていたわが父の「勤続35年の表彰盾」と「定年退職盾」を、加えて昔々の祖父母、父母の写真の数々を二つの紙袋に入れて、わが実家を後にした。

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 実家を出て、わが愛すべき路地を振り返った。人から見れば、古ぼけた家が密集して立ち並んだ、すてきな環境ですねとは言いがたいだろう。この変哲もない狭い路地など歩きたいとは思わないだろう。 自然などは無縁ね!このような所には住みたくもないわ!と思うかもしれない。御意だ!

 しかし、僕にとっては、一番大切な場所なのだ。地位も名声も財もなく、普通に58年生きてきた僕の思い出が詰まりすぎた場所だ。それを人はなんと呼ぶのだろうか? 「ふるさと」だ!

 若かりし頃、心も体も、この路地を出たいという思い続けていた。愚かであった。今、58年生きてきて、体は永遠にこの路地には戻れないだろうが心は戻ってきた。実に愚かであった。愚かでありすぎた。

 路地のはずれで、幼かった頃、この路地で出会ったささやかに生きたさまざまな人たちの顔を思い浮かべながら、感謝の想いをこめて頭を下げた。僕は前に向かって歩いた。西日がきつかった。僕の潤んだ目にはきらきらと光っていた。その日は、僕にとっての大切な巡恋の道行きだった。

汝(な)と住むべくは下町の
昼は寂しき露地の奥
古簾(ふるす)垂れたる窓の下に
鉢の雁皮(がんぴ)も花咲かむ
  (芥川龍之介/戯れに(2)」

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