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2011年7月20日 (水)

「旧富雄変電所」の煉瓦を、夜仰ぎ見た時に

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 7/19(火)夜、最寄り駅の近鉄富雄駅を降りた。駅隣のレストランの横に立った。旧富雄変電所の煉瓦作りの建物だ。隣には酒屋がある。自動販売機で缶ビールを買った。ふと、大正3年に竣工した趣のある建物の煉瓦の一面を見上げた。ポケットから携帯電話付カメラを取り出してシャッターを押した。

 突然に後ろから声がかかった。
「何か上にいるのですか?」と。
振り返ると、自転車に乗った学生らしき男性がいた。
「何もいないよ、ただ煉瓦の壁をちょっと見てただけ!」
「そうですか?何か上にいるのかと思って」
変な性分で言葉をつなげた。
「学生さん?」
「はい、近大農学部です!」
「どこから?」
「名古屋です!」
「名古屋か?瑞穂競技場に何回か行ったよ!」
「そうですか。僕んちは瑞穂です!でもなぜ?」
「息子が中京大サッカー部だったから、何回かゲームを見に行った」
「中京大サッカー部は凄いですね!」
その言葉聞いて、嬉しくて滑らかに、言葉はより饒舌全快になった。
「今、何回生?」
「4回です!」
「ああ、もう就活は?」
「名古屋が本社の会社が内定しました。でも、ちょっと悩んで、別のことを」
「そうか、悩んでいるのか、悩むのもまたええでえ!」
「はい!」
「そしたら、元気でな!帰るわ!」と右手を上げて振った。
「はい!」と彼は笑みを浮かべて、同じく右手を振返してくれた。

 名も知らぬ男子学生と遭遇して他愛もなく会話を交わした。でも、それは大切な言葉の交歓だった。ただ、煉瓦作りの壁を見上げていた壮年男性に、何気なく声を掛けてくれたその男子学生に好感を抱いた。刹那でありながらも楽しい時間だった。

 彼は、あたかも「現実」の何ものかを見ようとしていた。如何せん、私は煉瓦の壁の上の何もない「幻想」を見ていた。ただ、それだけだ。そこに彼は「錯覚」した。

 ふと、思う。「幻想」に対して「現実」の「錯覚」を感じ取ることも、また「しあわせ」への道につながることもありうるのかもしれない。もしかしたら、われわれは「幻世」(まぼろよ)を追い求めているのだろうか?

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