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2011年5月23日 (月)

大阪・天王寺動物園にて

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 5/22(日)若者たち&幼児の一団とともにマイクロバスで、大阪・天王寺動物園へ出かけた。個人的には約20年ぶりだった。雨の日にも関わらず天王寺動物園には、さまざまな人たちが訪れていた。その日そこで眼に触れた光景や情景から、自分自身が抱いていた「動物園」というものに対してのイメージが少し変わった。

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 「動物園」は子どもたち、家族連れ、学校の遠足での定番コースだと思っていた。でも、少し違った。子ども連れではない壮老年男女、それぞれの憩いの場所でもあったのだ。老若男女に関わらず、ひとり、二人、グループ、また車椅子に乗った老齢者の一団にも会った。それぞれがさまざまな選択肢の中から「動物園」という場所を自ら選んで訪れたのだ。

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 雨をよけながらテントの中で一団といっしょに弁当を食べた。少し離れた場所で、老婦人がひとり弁当を広げていた。わが一団の女性と話していた。その話から、夫を老人施設に送り届けた帰りに動物園に立ち寄ったという。その老婦人にとって、「動物園」は大切な場所なのだろうか?

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 1960年代末~197年代初めに、わが国でも人気があったサイモン&ガーファンクルが歌っていた「動物園にて」という曲があったと、薄っすらとおぼろげに思い出していた。
 自宅に戻ってから、「You Tube サイト」で、「サイモン&ガーファンクル 動物園にて」を検索した。ヒットした映像を眺めていた。偶然にも天王寺動物園が写っていた。バックには「動物園にて」が流れていた。
 そのビデオを投稿された方もまた天王寺動物園へ訪れた時、その曲を思い出したのだろう。

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 わが家の本棚の奥深くに、埃にまみれた、いつ買って読んだか忘れ去ってしまった「サイモン&ガーファンクル詩集」を取り出した。「動物園にて」のページを開いた。その詩の最初のフレーズには、こうしるされていた。

   誰かが教えてくれた
   動物園ではありとあらゆることが起こっていると
   そうなんだ 本当にその通りなんだ
    (ポール・サイモン「動物園にて」部分 訳:山本安見)

「サイモン&ガーファンクル “動物園にて”」 You Tube サイト

 

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