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2011年4月 3日 (日)

「トレドの森」のことを思い出して~奈良市二名公民館にて

 4/2(土)午前中は二名公民館にいた。午後は二名中グラウンドでソレステの結団式、夕刻はソレステジュニアユースの保護者会、続いて夜は二名公民館でジュニアの集まりに参加した。

 最近は「社会教育」という言葉そのものが色あせつつある。それでも公民館という存在は、「社会教育の拠点」だと思っている。年齢・性別を問わず、さまざまな人々がその場所に集まってくる。

 新任の施設長(館長)さんと事務室でながながとお話をさせていただいた。ご迷惑であったのかもしれない。でも自分自身では楽しい時間だった。

 ふと、「トレドの森」が話題になった。以前に「トレドの森」のことで知りたいことがあって、奈良市役所まで出かけたのだが解らなかったことを施設長さんに伝えた。

 「それは、調べてみる価値がありますよ!」と言われて、今一度と思いながらも手立てはない。施設長さんが以前に勤務していた公民館に、もしかしたら、何らかの資料があるかもしれないということを聞いて、期待と楽しみが生じた。

 2008年7月にブログに掲載した「トレドの森」についての一文を再掲載する。

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「“トレドの森”に立ち寄って」(2008.7.26

 7/19(土)朝、奈良市二名公民館横にある「トレドの森」に立ち寄った。「森」というよりは「林」だ。憩いの場所としては最適だが、あまり人がそこにいるのを見かけない。奈良市とスペイン・トレド市は姉妹都市だ。その記念碑が建っている。石碑の裏面には、「奈良市とトレド市の姉妹都市提携10周年を祝し、ここに記念碑を建て、両市の更なる発展を記念する。198293日」と、両市長名が刻まれている。

 この碑から察すると、1982年、姉妹都市10周年を記念して、スペイン・トレドの方がこの地を訪れたのだろう。私がこの地に住み20年余りが経つ。「トレドの森」は今よりは木々が多かった。トレド市の方が植樹されたしるしとして、それぞれの氏名が書かれた木の札があった。しかし、いつの間にか跡形もなく消え去った。今は立派な記念碑だけが建っている。もし、日本の著名人が植樹されたのなら、その木の札は残り続けたのかもしれない。しかし、トレド市の無名の人々のしるしは消え去ってしまった。

 数年前にソレステレージャ奈良2002のクラブ冊子に一文を寄せた。
Aguante!(アグァンテ!信念) Solestrella(太陽・星) Passion!(パシィオン・情熱)」という言葉に続けて、
 「スペイン・トレド市は奈良市の姉妹都市のひとつです。女王イザベルは、スペイン中央部のこの町に首都を置きました。アルカンタラ橋、カテドラル(聖堂)、アルカサル(要塞)、サンタ・クルス美術館、サント・トメ教会、画家エル・グレコの心をとらえて離さなかった中世のたたずまいが今も残る、スペインのいにしえの都です。奈良市・二名公民館横にある『トレドの森』は両市の友好を祈願して造られたものです。

 夢中になってスポーツに取り組んでいる場所、なにげなく住んでいる町にも、文化がある。世界への窓がある。日本の古きよき伝統と文化を引き継ぎながらも、青少年が『世界』を想い描き、その『壁』を叩いて、こじ開け、突破し、羽ばたいて行って欲しいと、その日を心から夢見て、上記文言にわが町に関わりのあるスペイン語を用いました」と。

 私がその一文を寄せた時、トレド市の方が植樹した記念の消え去った木札のことを脳裏に描いていた。「トレドの森」に立ち寄り、その記念碑の前にたたずむと、数年前の私の想いが、今も私自身の心の中で生き続けていることを確認した。無名の町々、人々の中にも、必ず歴史がある。小さな歴史であったとしても、それをないがしろにし、見ようともしなかった時、現在と未来は限りなく閉ざされてしまう。


「“トレドの森”の記録は存在しなかった」(2008.8.15

 8/15(金)910奈良市役所情報公開課を訪れた。奈良市立二名学校、二名公民館に隣接する「トレドの森」についての資料があるかどうかを調べるためだった。情報公開課の方が親切に「何をお調べなのですか?]と書棚を眺めている私に声をかけていただいた。素直に「トレドの森」のことを調べたい旨を伝えた。なおも親切に国際交流課に電話をしていただき、私の主旨を伝えていただいた。2Fになる国際交流課の方が、6Fの情報公開課まで資料を探して持ってきていただけることになった。私はその場所で待った。

 女性職員が資料を持ってこられた。有り難い。「トレドの森」についての資料が少ないことを伝えられた。2部の資料が提示された。先ずは姉妹都市トレドの町の資料、次の資料を見て驚いた。それは、7/26に私がこのブログに掲載した「トレドの森に立ち寄って」という記事のコピーだった。男女職員に伝えた。「これは私のブログに書いたものです」 「もしかしたら、とは思っていました」と女性職員は私を見て言った。恥ずかしさが私を襲った。穴があれば入りたかった。

 はっきりしたことは、奈良市において、姉妹都市であるトレド市の奈良市二名の地での植樹、また碑の建立の記録は残っていない事実だった。女性職員が聞いていただいたことで判明したことは、その植樹の木がオリーブだったようだ。友好の証としての碑は確かに二名の地に存在する。しかし、記録は存在しない。寂しさが心を過ぎった。

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