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2011年4月 4日 (月)

無縁仏に手を合わせて

 4/3(日)昼近く、天理街道を車で北上していた。奈良県庁近くの交差点で信号を変わるのを待っていた。ふと、正月以来、墓参りに出かけていなかったことを思い出した。左折して阪奈道路へ出ずに、直進して東大寺北側にある三笠霊園へ向かった。

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 塚本家と松本家(妻方)の墓に参ってのちに、霊園内の急な坂道を下った。無縁仏の墓石の一群がコンクリートの壇の上に鎮座していた。さまざまな事情があったのだろう。墓を守る人もなく無縁仏としてそっと鎮座している。足は自然と、無縁仏の傍らへと向いた。しばし、その顔を眺めていた。

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 突然に、東日本大震災の新聞記事で、「何も悪いことをしていないのに、なぜ、このような目にあわなければならないの!」と、逝ってしまった幼いわが子の小さな口から泥をかきだし泣き叫んだ母親の言葉を思い出した。想像を絶するほどの悲痛である。

 非力で無力な者としては、被災地へボランティアとして飛んで行くことも、いたわりの言葉を紡ぎだすことはできない。ましておこがましくもその資格もない。ただ、「共悲」の想いを心に刻み、祈り念じることしかできない。無縁仏に黙して手を合わせた。

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