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2011年3月20日 (日)

身を寄せ合った中で逝った園児たち



 3/15(火)朝日新聞朝刊の「焦げた幼稚園バス」という記事を読んだ。東日本大震災の当日、幼稚園バスが園からの帰宅途上で行方不明になっていた。震災後まもなく、家族は娘が乗るそのバスを捜しまわった。

 家族は、押しつぶされ焼け焦げたそのバスを見つけた。その中で園児4名と職員1名の遺体がみつかった。その姿を見て母親は泣き叫んだ。筆舌に尽くしがたいほどの悲しみだ。

 その惨禍の中で、「子どもたちは抱き合っているように見えた。」という一文があった。園児たちは、その最後に想像を絶する恐怖におののく中、人としての本来のありうべき姿として「身を寄せ合った」のだ。

 その光景を想像すると、愚鈍なる者であったとしても、言葉にならない悲しみ痛みが襲ってくる。怖かっただろう、さみしかっただろう、苦しかっただろう、熱かっただろう。僕よりも、もっと、「望み」「希望」「未来」が広がるはずの園児たちの存在が何ゆえに逝かざるをえないのか?

 園児たちは、最後に「身を寄せ合った」のだ。人が人として、「あるべき姿」を、自然(かむながら)に教示した。被災をせず、なんら普段とかわりない日常生活をなしている、とくにその大人たちへ、「あるべき姿」を、いや「あらねばならぬ姿」を教示したのだ。

 深い悲痛の中で、その園児たちからの愚鈍なる僕への教示だと受け止めている。わが家近くのお大師様に黙って手を合わせ、その園児たち、被災され亡くなられたすべての方々の冥福を心から祈った。

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