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2011年2月19日 (土)

聖バレンタイデーの四日後に

 2/14(月)、巷では聖バレンタインデーだったようだ。その日、自宅で夕食を食べているとき、突然に、妻が「チョコ、いくつもらった?」と言った。「ゼロ! 無し! あっ! そや一個だけ、自動車屋の兄ちゃんにもらった。」と答えた。「あっ、そう!」と、そのあと妻は無言だった。でも、妻がそのように話しかけるので、もしかしたら、「チョコ」がいただけるのかとちょっぴりとした期待を抱いた。

 しかし、いつまで経っても、「チョコ」という名も物も顔を出さずに、いたずらに時間が過ぎた。自室に入り本を読んでいた。ただやたらと「チョコ」が脳裏に浮かんだ。まだであろうか? だんだんと眠くなった。サンタクロースのように、朝、起きれば、枕元に「チョコ」がと、残り期待を抱きながら寝入りこんだ。翌朝、定刻5:00に起床した。枕元を見た。いつものように何もなかった。サンタクロースのようにも「チョコ」はやって来なかった。

 2/15(火)夜、夕飯時、妻に勇気を出して、「昨日、チョコいくつもらった?と聞いたけど、チョコはあるの?」と不仕付けで恥ずかしげもなく尋ねた。「何も無いわ!チョコをいくつもらった?と聞いたのは、無いから聞いたの!義理チョコの時代は終わったやんから!」と、チョコは戴かなかったが、つれなくも厳しいお言葉を戴いた。返り血を浴びてはならないとそのあと無言で通した。

 ふと、我に帰った。「チョコ」などもらわなくとも良い。聖バレンタインデー近くに車を乗り換えた。安価な「チョコ」か高価な「セレナ」か。その費用の半分を妻が出してくれた。ありがたいことだ。聖バレンタインデーの「チョコ」に妄想と幻想を抱いた自分自身を恥じる気持ちが湧いた。

 妻が、33年余り一緒に生活し続けている愚鈍なる僕を想っているかどうか? それは妄想と幻想かもしれない。ただ言えることは、ここ数年、家で寝込むことが多くなった妻の姿を見て、元気になれよ! 元気になれよ!と僕は心の中でつぶやいている。

 妻はインターネットもメールもしない。僕がブログを書いていることは知っている。でも読んだことがない。第三者に笑止されることを覚悟して、素直に正直で恥知らずに書きしるす。僕にとって、妻は、湖北・渡岸寺の十一面観音像、奈良・薬師寺の聖観音菩薩立像のような「観音さま」のようなものだ。その優しさに甘え切って三十年余り生活してきたと自戒している。  聖バレンタインデーから四日を経た夜に

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