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2010年12月 8日 (水)

2010.12.5朝、千葉・市原で信濃毎日新聞を受け取って

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 12/5(日)10:00すぎ、メインスタンド最上段の席を確保してから、競技場の外にいた。遠くではパルセイロ選手たちがウォーミングアップをしていた。なにげなく突っ立っていた。パルセイロの二人の選手が競技場へと向かって歩いてきた。よく見ると、わが息子だった。

 ソレステのジャージ姿で礼儀正しく朝の挨拶をした。「おお!」「ああ!」となぜだか握手を交わした。隣の選手を紹介してもらい、「JFLへ行くぞ!」と声をかけると、「行きます!!」と言葉を返してくれた。息子は松葉杖をついていなかった。「杖突童子」を卒業したのだろうか、でも、少し足を引きずっていた。その時、息子は私に何も言わなかった。

 メインスタンド中央最上段で観戦した。後半が始まって、ふと携帯電話を見ると未登録の電話が何本も架かっていた。SMSメールも入っていた。あれっ?と思いながらメールを開いた。「・・・・・・・・・・どこで、観戦されているのですか?」としるされた文字と送信者の名を見て、事の次第を理解した。

 長野に住む息子の知人からだった。携帯電話で返信して立って居場所を示しながら周りを見渡した。右下にいることがわかった。一緒になって最上段の席で後半のゲームを観戦した。

2010125_006  観戦していると、息子からの届け物があると聞いた。何かなあと思うと、12月3日付の信濃毎日新聞だった。息子の知人曰く、「お父さんに手渡して欲しいと言われたので、写真は載っていないけれど記事が載っています!」と。

 ゲームを観戦しながらその新聞を開いた。スポーツ欄に「AC長野JFLへ闘志」という大きな見出しの記事が掲載されていた。その下の小さな記事を読んだ。

 「右足故障の塚本 裏方でサポート」の見出しだった。「1次ラウンドで右足を痛めた塚本。診断結果は右内側側副靭帯部分断裂で全治8週間の重症だった。決勝ラウンドはピッチに立てないが、チームに帯同して現地入りし、裏方に徹している。不運に見舞われたのは初戦の試合開始直後。蹴り出そうとしたボールに相手選手がスライディングし、右膝に大きな負荷がかかった。しかし、故障者や出場停止などチームの台所事情が苦しかったことに加え、大事な試合での先発起用のチャンスを生かそうとハーフタイムまでプレーをやめなかった。加入5年目は佐藤と共にチーム最古参。“みんなを信じてサポートしたい”と用具の準備やビデオ撮影などでチームを支える。」(12/3信濃毎日新聞)

2010125_016_2  12月3日に息子は、すでに千葉・市原近くにいた。それがなぜ信濃毎日新聞を買うことができたのか?という疑問がふと湧いた。その手渡していただいた方から聞くと、12月3日の夜に、息子から電話がかかってきて、頼まれて長野市内でその新聞を買ったという。

 千葉・市原へ出向くその方に、この新聞を買うことと、私に手渡すことを頼んだのだ。その小さな新聞記事を読んで、日頃まったくと言ってよいほどに携帯・メールで連絡を取り合わないが、息子の意思表示、メッセージであるとともに、返歌であると受け止めている。

 長野でこの新聞を買い、市原で手渡していただいた方、並びに記事を書いていただいた信濃毎日新聞記者に心から御礼申し上げます。

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