« 山頭火生家跡に、想い立ちて | トップページ | きらら浜から阿知須駅への道 »

2010年10月23日 (土)

散々な体調の一週間であった!

 散々な体調の一週間であった。稀有な痛みと苦痛の時を過ごした。その始まりは、10/16(土)、山口へ向かう新幹線「ひかり545号レールスター」の車内からだった。なにげなく車窓の風景を眺めていた。あれっ!左膝に違和感を抱いた。鈍痛が走り出した。あの前兆だと予感した。新山口駅に到着した。ホームを歩き階段を降りようとした時、如実にその症状を感じた。

 毛利氏庭園から周防国衙跡へ歩く時には、左足を引きずっていた。佐波神社の石段を登り降りしたら、違和感は間違いなく強烈な痛みに転化していた。防府天満宮に着き、その石段を登るときには、ゆっくりゆっくりと登らざるを得ない状況となってしまった。

 防府駅から、試合会場のきらら博記念公園へはタクシーを利用することしかなかった。試合会場ではより痛みが増した。帰路、タクシー・バスもない状況の中で、最寄り駅である「阿知須駅」まで歩かざるをえなかった。通常では徒歩20分くらいなのだろが、倍の40分程度かかった。左足を引きずりながらの姿は痛々しくも情けない光景だった。

 新山口駅前のビジネスホテルにやっとのことで到着した。痛みは増すばかりだった。風呂に入り足を休めた。しかし、清酒「山頭火」の誘惑に負けて飲んでしまった。翌朝、痛みは昨日以上となってしまった。

 10/17(日)朝起きると、左膝は腫れあがっていた。足を引きずりながらしか歩くことができなかった。それでも、せっかく来たのだからと、痛みをこらえながらも鉄道を利用して湯田温泉の中原中也記念館へ出向いた。

 その後、新山口駅まで戻り、また試合会場のきらら博記念公園までタクシーで出向いた。帰りもそのタクシーを利用した。想定外の費用が生じてしまった。自業自得でしかない。その日の夕刻、新大阪駅へ向かう「のぞみ号」の中で、左膝に痛みは緩和してきた。やっとのことで奈良富雄の自宅にたどり着き、その夜はすぐに寝入った。

 翌朝10/18(月)朝起きると、今度は足首に痛みが生じていた。やむなく痛み止めを飲んで職場へと出かけた。その日は、大阪市内で研修だった。痛みが右足首と右膝に発症した。研修が終わって一時歩けなくなった。やっとのことで自宅に戻ることができた。その夜は右足首。右膝、右腰に痛みが生じた。トリプルアクシデントだった。

 10/19(火)夜以降、徐々に回復してきた。10/23(土)現在、痛みは緩和して普通の状態に戻りつつある。平坦な道は問題はないが、坂道、階段等では痛みが生じる。一時はどうなることかと心配した。でも、痛みが和らぐと悲観的な気持ちから一転して楽観的になってしまっている。散々な体調の一週間であった。でも、今日は嘘のように痛みはなくなった。きっと、来週は快調であるだろうか?

« 山頭火生家跡に、想い立ちて | トップページ | きらら浜から阿知須駅への道 »

モノローグ」カテゴリの記事