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2010年8月22日 (日)

エッセイ 俳優・内藤剛志 「人生の始発駅」を読んで

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 大阪市交通局発行のフリーマガジン「ノッテ オリテ」2010年8月号、俳優・タレントの内藤剛志(ないとう たけし)さんが書かれた巻頭エッセイ「人生の始発駅」を読んだ。

 そのエッセイで、
 「その朝も、僕はいつもと同じ時間に谷町線天満橋駅のホームに立っていた。いつもと同じ電車の同じ車両、同じドアから乗ると、彼女がいる。通学電車で毎朝、彼女と待ち合わせをしていた。高校1年の初夏の話だ。」 

 「彼女は東梅田から乗って、通称「谷六」、谷町六丁目で降りる。僕は、天満橋駅から夕陽ケ丘まで。一緒にいられる時間は二駅しかないが、それこそが恋だった。」 

 「谷九の駅の階段を上がると、ジャズ喫茶SUBがあった。僕はふらふらと店に入り、ほどなく入り浸るようになった。僕の人生はここから大きく旋回しはじめている。」

 「もし、あのとき失恋しなかったら。僕は鼻持ちならない大人になっていたかもしれない。僕の人生もきっと、違ったものになっていただろう。谷町線は、僕の人生のスタート地点。人生の始発駅だ。」 (以上、エッセイ「人生の始発駅」より)

 
 7月の終わりに健康診断を受診するために、大阪市営地下鉄谷町線に乗った。谷町九丁目の駅で、このフリーマガジンを手にとり、地下鉄車内で読んだ。ふと、あの頃が蘇った。

 地下鉄谷町線は上町台地の西側を走っている。上町台地は文教地区で、北は大阪城近辺から南は四天王寺近辺まで多くの高校がある。今、記憶をたどれば、北から、大手前、大阪女学院、城星、清水谷、明星、高津、清風、上宮、夕陽丘、星光、四天王寺などの高校があった。

 内藤剛志さんは1955年生まれ、私は1953年生まれで、同世代だ。内藤剛志さんは、その地区の高校の出身であり、私もまたその地区の別の高校の出身である。エッセイに書かれている時代はおそらく1971年頃だと推測する。

 失恋、ジャズ喫茶通い、ミュージシャンを目指しての上京、その後、現在、俳優として活躍されている。1971年といえば、ジャズ喫茶「SUB」ができて間もない頃だったと思う。私もその当時、幾度かその店に足を運んだ。

 エッセイに登場した彼女が降りる駅は、「谷六」だった。その駅で降りるのは限られた高校である。私の出身校は最寄り駅がJR大阪環状線玉造駅か谷町線谷町六丁目駅である。ふと、40年以上の前のことを思い出した。

 そのエッセイを読んで、40年近く前の高校時代、かつての淡い恋、失恋のことを思い出した。私にとっての大きなターニングポイントだったと今になって思う。もし、私が多感だったあの頃に失恋を経験していなかったならば、もっといい加減に生きていただろう。そして、「本」をむさぼり読み始めることもなかっただろう。確かに私にとっての「人生の始発駅」だったのかもしれない。

 ふと、あの頃の女子の制服の襟の「清水谷ブルー」の色彩を、夏の日に懐かしく思い浮かべた。謝!!

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