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2010年6月27日 (日)

「あるサッカー選手の生涯」を読ませていただいた。感謝!

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 6/24(木)夜、南アフリカサッカーW杯、日本対デンマーク戦が行われる当夜だった。自宅に戻ると郵便物が届いていた。封を開けると、「月刊 百科」という出版会社「平凡社」の広報誌が入っていた。

 その小冊子の中に黄色い付箋が貼られていた。そのページを開いた。「あるサッカー選手の生涯」と題したエッセイが掲載されていた。興味深く、デンマーク戦が始まる前に読ませていただいた。

 ジョージ・ベストのことがしるされていた。かつて、1960年代後半のマンチェスターユナイテッドで活躍し、1968年にバロンドール(欧州年間最優秀サッカー選手賞)を受賞した選手だ。

 現役時代からの不摂生・スキャンダラスな生活、後半生においてはアルコール依存症に苦しみ、自己破壊的な生活を送った。それにも関わらず、彼の死に際して、国葬級の北アイルランド史上最大の葬儀が行われ、また、北アイルランドの玄関口の空港に彼の名がしるされた。わが国では考えられないことだ。

 なぜなのだろう?という疑問を私は抱いていた。そのことを解明していただいたのが、「ジョージ・ベストがいた~マンチェスター・ユナイテッドの伝説」(平凡社新書)だった。その著者から、先日、ジョージ・ベストの貴重なDVDを送っていただいた。また今回も執筆されたエッセイが掲載された小冊子を送っていただいた。心から感謝申し上げます。

 そのエッセイの一文が目に留まった。「筆者は1955(昭和30)年の生まれで、高校時代はサッカー部に所属し(ポジションは右インナー)、・・・・・漱石や太宰や中也なども読んだが、座右の書(?)は『サッカーマガジン』だった」と。

 私は1953(昭和28)年の生まれで、高校時代にサッカー部に所属し、WMシステムでのへぼな右インナーだった。17歳の夏以降、むさぼるように本を読み始めた。その当時、白地に紺色で「マディソンスクウェアーガーデン」と英文で記されたバッグを持って高校へ通学していた。

 そのバッグの中には文庫本と「サッカーマガジン」が入っていた。確かに私は筆者と同様にも「漱石・太宰・中也」を読んでいた。著者の一文を読み、その当時のことを思い出した。著者には重ね重ね感謝申し上げます。

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 わが部屋の本棚に鎮座しつづけている「中原中也全集」(全6巻 角川書店 1971年第5版)だ。恐らく大学に入学した当時に全巻揃えて買ったものだと記憶している。左に隙間がある。第1巻と第2巻が抜けている。肝心な詩篇が掲載されているものだ。

 わが家に泥棒が入って、中也の詩集のみを盗んだとは考えにくい。わが家族の者が、私の本棚から取り出して読んだままになっているのだろう。その隙間は何年も前からそのままの状態である。わが家の誰かも解らないが、中也の詩に興味があるのだろう。

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