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2010年3月 6日 (土)

「十津川」への想い

 奈良県立十津川高校の修学旅行HPを閲覧した。興味深く読ませていただいた。以前、同校へ赴任された知人からも十津川高校のことは聞かせて頂いていた。「天皇勅命での創設」「奈良県下で創設が最も古い高校」だと。

 私自身の歴史的な興味から、「十津川郷士」・「十津川郷民」・「天誅組」、また新聞紙上で、十津川高校が修学旅行で隠岐へ出かけていたことを少しは知ってはいた。しかし、修学旅行のHPを作成していたことは全く知らなかった。素敵で意義と価値あるHPだと、作成された方々に対して敬服している。

 私は個人的に、「佐渡」「隠岐」という日本海に浮かぶ島、また、「吉野」「十津川」という県下陸地の奥の島、それぞれの土地とその歴史に興味が湧く。「貴種流離」の地がその独特な文化を形成したのだろうか。

 1864年5月、孝明天皇の勅命により、十津川郷士が文武の道を学ぶために「文武館」が創設された。現在の奈良県立十津川高校の前身である。その創設に関与したのが、隠岐で生まれ育った中沼了三だった。その縁で、「十津川」と「隠岐」とのつながりがある。

 高校生たちが、県下南部の山地から日本海を渡り、隠岐へと出向き、その地で見聞し体験したものを客観視し、HPを通じて表現した。彼らにとって、自分自身にとっての「十津川」とは?を感じ考えたのかもしれない。

 私は、「十津川」という地に何ら関係も無く生活してはいるが、「十津川」という土地と人が育んできた歴史に、興味を抱き続けている。

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