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2010年2月 3日 (水)

「もっと紫色の音にして」を読んで

 2/2(火)朝日新聞夕刊の文化面に掲載されていた「もっと紫色の音にして~浅川マキ、唄い続けた生涯~」を読んだ。スポーツライターの玉木正之さんの一文だった。その冒頭に「一人の歌手が亡くなった。名前は浅川マキ。彼女のことを話そうとすると、おそらく誰もが、“自分史“の一部を話すことになる。」としるされていた。

 私は日常会話の中で、誰かに「浅川マキ」のことを話すことはないと思う。また話そうとは思わない。ただ、「浅川マキ」の歌手の名を思い浮かべることはこれからもあり続けるだろう。そのたびに、筆者がしるしたように“自分史の一部”を振り返るのだろう。

 わが国の大きな時代の分かれ目であった1969年~1972年は、私自身の青春時代と重なっていた。わが国の絶頂期をまじかに控えたその時代に、黒いドレス姿と長い黒髪のいでたちで、ジャズかブルースかロックか演歌か、ジャンルなどにとらわれずに唄う姿は、時代への叛逆のように私には思えた。実に魅力的であった。

 その時代の想いを唄い続けた浅川マキには、媚のない「思想」があったと、私は今、遅まきながらそのように思う。あらためて謹んで冥福を祈る。

「浅川マキ」公式サイト

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