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2010年2月14日 (日)

「スポ-ツボランティア」について

 2/14(日)の夕暮れ時、フロッピーディスクの整理をしようとした。最初に開き出てきたのが、「スポーツボランティアについて」という私がしるした一文だった。2002年1月13日の日付が掲載されていた。おそらくその年の正月に書いて、ある人々には、コピーをして配布したと記憶している。

 フロッピーディスクの整理など放置して、それを改めて読んだ。8年前に書いた一文ではあるが、私自身の主旨は今も変わらない。日の目の見ない一文への思いを察して、プログに掲載することにした。

 8年前の私自身の「想い」であると同時に、今の私の「想い」であるとご理解いただき、雑文ではあるがお読みいただければ幸いです。



「スポーツボランティア」について

 1995年の阪神淡路大震災を契機として、わが国においてもボランティアの役割の重要性が再認識されるようになった。特に欧米諸国に比べて、ボランティア意識が低いと指摘されている中でも、最近、各種分野での多様なボランティア活動の実践がなされている現状がある。また、青少年教育の分野において、平成12年12月、教育改革国民会議の提案の中で、他者への思いやりの心を育てる意味において、青少年のボランティア活動の具体化が提言されている。

 
このような状況の中で、地域スポ-ツ環境の場においても、スポ-ツボランティアという存在が注目されている。従来の「するスポ-ツ」「みるスポ-ツ」に加えて「支えるスポ-ツ」の重要性が認識され始めている。「支える活動」の意義が、スポ-ツを「する人」「みる人」「支える人」の三者で共通理解できる時、スポ-ツは深みを増し本当の意味で文化となる。

 
地域の青少年スポ-ツクラブは、子どもたちにとってスポ-ツをすることで、体を動かす楽しさ、できないことができるようになる楽しさ、仲間と協力する楽しさを体験できる「場」である。大人たちもその「場」の中で、子どもたちの一生懸命に取り組む姿を見て楽しさを体験する。大人たちがボランティアとして地域に貢献することで、その背中を見て子どもたちがボランティアや支えあうことの大切さを学ぶ。

 
特にジュニア年代の活動においては、子どもたち自身のみでの自立的な活動ができない。そのため、送迎、安全管理等において大人のサポ-トが必要となる。現実的には、「当番」という役割が保護者に「半強制的な依頼」として割り当てられる。保護者の中には「苦痛」であると受け取っている者ものもいるだろう。そのことが、昨今、地域における子どものスポ-ツ離れに拍車をかけている一因であることも事実である。

 
今「受動的」サポ-トから、「能動的」「自発的」サポ-トへと、保護者のみならず、地域の大人たちの意識変革が求められる。地域教育の中で、子どもたちのスポ-ツ活動を通じて、自発的な意思によった労力・時間を提供し、身をもって「支えあう」ことが、生きる上でどれだけ大切なものかを、まず、大人たち自身が認識する必要がある。

 
それぞれのできる範囲の中で、「地域の子どもたちのために何かできれば」という保護者のみならず地域の大人たちの思いが、地域スポ-ツ活動につなげていけるような自発的なボランティアネットワ-クを創り出すことが必要である。

 子どもたちのスポ-ツ活動を保護者のみで支えるのではなく、地域コミュニティ-全体で支えること。そのことがコミュニティ-の絆を助成するとともに、今まで以上に子どもたちの成長の機会を整えるものとなろう。

 「ソレステレージャ奈良2002」での活動を支える人材は「スポ-ツボランティア」としての概念を取り入れ、保護者のみのサポ-トで運営するのではなく、地域の多種多様な知識・能力を有した人材を広く募り、自発的な運営への関わりの上にのっとった活動を目指すものである。

 次の世代に「自発的なボランティア」を育てようとするならば、大人が子どもたちに対して「みんなといっしょに教えあったり、助け合ったり、支えあったりすることは楽しいよ」と自分自身の背中で伝えなければならない。

 「ソレステレージャ奈良2002」での「スポ-ツボランティア活動」により、子どもたちのみならず、地域の大人たちに「自発的なボランティア」としての芽が育ち、コミュニティ-のつながり、心の豊かさ、自己実現を享受でき、地域でよりよく生きることができればと願う。(2002.1.13)

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