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2009年12月 9日 (水)

「フットボールの犬」

Img 著者:宇都宮徹壱/発行:東邦出版(2009.11)/定価:1429円+税/P.299

【コンテンツ】 フットボールの犬とは何か/死者を巡る物語(スコットランド)/エメラルドの島にて(アイスランド)/黒いポーランド人(ポーランド)/羊の島に生まれて(フェロー諸島)/少年アンドリーの原風景(ウクライナ)/ナントからニュールンベルグへ(クロアチア)/変わるものと変わらぬもの(ロシア)/ほか

  「・・・・・誰にも省みられず、いつも腹を空かせながら、地を這うような視線でフットボールの匂いがする場所を捜し求めている。まるで“犬”のような存在だ」
「ただただフットボールが大好きな野良犬の“愚かな旅の物語”なのである。」と著者は、まえがきで書きしるしている。

 異色のフォト・フットボールジャーナリストの宇都宮撤壱氏が、辺境地を彷徨したフットボールの原点をたどる旅物語だ。同氏には惹かれつづけている。同氏の著作を初めて読んだのが、「ディナモ・フットボール」だった。今までにないわが国のフットボールジャーナリストの視点だった。続いて「股旅フットボール」も読んだ。そして、この「フットボールの犬」も買って読んでしまった。読後、またもや魅了された。

「宇都宮撤壱」公式サイト 

2009年11月25日 (水)

「史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド」

Img 著者:ジョアン・サルバンス/発行:小学館101新書(2009.10)/定価:720円+税/P.219

「バルサ・カンテラ(下部組織)の育成メソッド」

【コンテンツ】バルサのサッカーは日本にもできる/カンテラこそが、バルサの強さの秘密/バルサに近づくために/優れた指導をするために/世界を追いかけるために

 スペイン・バルサ(バルセロナFC)は魅力に満ちている。それは私だけの妄想なのだろうか? 監督・選手が変われどもそのスタイルは変わらない。その根底には確固としたポリシーが存在し続けている。バルサ・カンテラ(下部組織)で指導してきた日本在住の著者が書きしるした興味わく育成メソッドである。

 ポゼッションにこだわり「美しく勝つ」。「プレーを読む力と正確なテクニック」の武器をジュニア年代から磨き、本当の意味で「サッカーをする」ことを積み重ねれば、大人になった時にどのようなサッカーが展開されるのだろうか。ふと、そのような楽しみを抱いた。 

2009年11月21日 (土)

「日本サッカー 世界で勝つための戦術論」

Img_2  著者:西部謙司/発行:青春新書(2009.11)/定価:730円+税/P.172

 戦術論の第一人者が語る、日本代表の現在地と未来地図

【コンテンツ】 サッカー日本代表の現在地点/日本に足りない戦術力/W杯本番を勝ち抜くための戦略/日本代表に本当に必要な人材とは/日本サッカー世界一への未来地図/

 興味深く手に取り一気に読ませていただいた。Jリーグが発足して後にさまざまなフットボールジャーナリストが出現した。ただ、本物は生き残ってくる。私は著者の作品をすべて読んではいないが、いつも気になっている存在であることは間違いない。だからこそ、「戦術クロニクル」を、そして、この本も購入し読んだ。その期待を裏切らず、感銘を受ける内容であった。

 サッカーW杯で自国開催でベスト16に入らなかった国はない。わが国も2002W杯自国開催でベスト16に駒を進めた。しかし、2002年自国開催を除いたW杯他国開催においてわが国は、1998年フランス大会3戦全敗、2006年ドイツ大会1分け2敗と、今だW杯において、1勝も挙げていない現実がある。

 サッカーW杯優勝国の7カ国はすべて、また、ベスト4に進出した国の中で米国を除いて、サッカーがその国のナンバーワンスポーツ、国技ほどの存在になっているという。本書で、オシム氏の言葉が引用されていた。「日本は経済大国で、スポーツでも大国になれると考えているが、経済とサッカーは同じではない」。著者は記した。わが国が「W杯優勝を口にするなら、サッカーを日本のナンバーワンスポーツにする道筋を示すべきだと思う」と。

 著者は、なぜJクラブユースから代表選手が生まれないのかについて、「Jクラブのユース・ジュニアユースの指導者は選手経験もあり、サッカーには詳しいに違いない。だが、“人を育てる”という部分ではそれほど経験のないコーチもいる。プレーヤーとして大成するために最も重要なのは才能だが、それだけで十分というわけではない。・・・・・中高生の年代では、“人を育てる”スキルを持った指導者が必要なのだ」と書きしるしている。

 本書末尾に、「自分たちらしくプレーし、それで行けるところまで行けばいい。アイスランドやスコットランドは小国だが、彼らはいつも“負けっぷり”がいい。選手もサポーターも自分たちらしく戦い、胸を張って去っていく。自分たちのサッカーに、誇りに、フットボールの良心に、まるで一点の曇りも疑いもなような顔つきで去っていく場面を何度となくみたような気がする。日本が世界一を目指すのはいい。だが、日本のファンが“世界一”負けっぷりがいい国を目指すのなら、それも素晴らしいのではないかと思う。」と。

 著者が上程したこの本を読みながら、わが国のサッカー界への警鐘であるとともに、グラスルーツに関わるものとして、育成年代のサッカーそのもの、また育ちの中で、なすべきこと、なさねばならないことを再認識させられたような気がする。

2009年11月17日 (火)

「スポーツと教育の歴史」

Img 著者:成田十次郎ほか/発行:不味堂出版(初版S.63.4 12版H.10.4/定価:2.000円+税/P.151

【コンテンツ】 スポーツと教育の歴史を学ぶために/原始社会のスポーツ/古代社会のスポーツ/中・近世社会のスポーツ/近代社会のスポーツと国民教育/近大社会のスポーツと学校教育/ほか

 平成10年4月に第12版としるされていることから推測すると凡そ10年以上前に購入して読んだのだろう。今晩、思い出したように本棚から取り出してページを繰った。主に掲載されている写真に目を通した。

ギリシャの円盤投げ選手、スパルタの女性走者、インディアンのダンス、狩りの儀礼ダンス、走る狩人の集団、エジプトの女性の踊り子、ギリシャのレスリング、宋の時代の体操、戦車競争を見るアカイア人、フルートの伴奏で練習する若者、ギリシャの女性の水泳、ローマのボクサー、冬の農村でのスポーツ、ルネッサンスイタリアのサッカー、ラグビー校のフットボール、横浜での英国遠征チームのフットボール試合、等々。実に興味深く眺めていた。

 一般的な見方からすると、スポーツと教育の結びつきは、英国の近代スポーツ以降と捉えられるが、「意図的であれ、無意図的であれ、原始社会のスポーツは、社会の慣習やしきたりを維持するために儀式や祭礼と結びついて教育的に利用されていた」とこの本の中でしるされている。

 身体運動、体育、スポーツと呼び名は相違するが、楽しみ、気分転換、健康、レクリエーションという重要な要素はある。しかし、その根底には原始の時代から、現代の言葉でいう「教育的要素」が存在しつながれてきたことは事実だろう。

 最近においては、スポーツにおける別の重要な「教育的要素」が風化しつつあると感じる。歴史を振り返りながら、特に青少年がスポーツを通じて何を学び、習得することが大切なのかを、我々は、今一度考えてみることが必要なのではないだろうか。

2009年11月 1日 (日)

週刊「松本清張」~「点と線」

Photo  10/17(土)早朝の新幹線・京都駅内の売店で購入した。千葉・市原へ向かう車中で読んでいた。遠くへ出かける時は、いつも本を二冊ほどバッグへ入れて行く。、加えて、出かけた先でも、その時の興味の趣くままによく本を買ってしまう。この雑誌もその一冊である。創刊号であったため、定価が290円だった。

 表紙の言葉にあるように、松本清張は、確かに「昭和の社会派推理小説の巨星」だ。別の側面から見れば、「鉄道ミステリー」の創始者だろう。「トラベルミステリー」「旅情ミステリー」へと繋がる開拓者といえるかもしれない。

 私は以前に松本清張の推理小説をよく読んでいた。今年生誕100年を機に、何冊かを読み直した。今読んでも新鮮で興味深く面白かった。好みで言えば、長編では「点と線」「砂の器」「ゼロの焦点」「球形の荒野」等、短編では「張込み」「駅路」「西郷札」「或る小倉日記伝」「地方紙を買う女」等が好きだ。

 松本清張が処女作「西郷札」で文壇デビューを果たしたのが、41歳の時であった。83歳で亡くなるまで膨大な量の作品を生み出した。その作品群は多くの読者を今も魅了してやまない。私もまた清張ファンのひとりかもしれない。九州・小倉にある「松本清張記念館」へ一度は訪れたいと思い続けている。

「松本清張記念館」公式サイト

2009年10月26日 (月)

Books 「五足の靴」

Img_0001 著者:五人づれ/発行:岩波文庫(2007.05)/定価:460円+税/P.140

明治40年盛夏。雑誌「明星」に集う若き詩人たちの旅行きの記録

 鉄道を利用して大和二見駅で降りて、サッカー観戦に出向いた。車中で、この文庫本を読んでいた。若き詩人たち、北原白秋、平野萬理、木下杢太郎、吉井勇、そして、与謝野鉄幹の五人づれが、長崎・平戸・島原・天草へと旅にでた紀行文である。

 「五足の靴」たちは東京から鉄道を乗り継ぎ九州へ、南蛮文化を徒歩で探訪した。交代で匿名で寄稿した紀行文は、著者が「五人ずれ」となっている。この本を読みながら、明治というわが国の青春時代、そして彼らの青春時代の息吹を感じ取った。人は、想いのおもむくままに、歩きながら何かを見て感じ取り己の糧としていくのだと。徒歩の旅に私は誘われた。「踏みこそ鳴らせ、大靴を」。

2009年10月21日 (水)

Books 「英国のダービーマッチ」

Img_0001 著者:ダグラス・ビーティ/発行:白水社(2009.10)/定価:2700円+税/P.338

「ひとつの街にあるフットボールのライバル関係を知ることは、絵画を鑑賞する手助けのようなものだ」

【コンテンツ】 シェフーイルド~始まりは鉄だった/バーミンガム~不穏なイースター/ノースロンドン~土地柄、嘘、そしてラザニア/マンチェスター~二つのクラブの立ち位置/リヴァプール~マージー川を越える熱気/グラスゴー~歴史にとらわれた街/エジンバラ~紋章のハーブをめぐる争い/タイン アンド ウィア~国境を越えて

2009年10月、フットボールのダービーマッチについての興味深く楽しい意義のある本が相次いで刊行された。大阪・千日前のジュンク堂書店に立ち寄った時、強烈に私の視野をその本が入ってきた。迷うこともなくなけなしのお金をはたいて二冊を購入した。奈良行き快速電車に乗り自宅に戻った時には財布の中は空っぽに近かった。

 「ダービー!!~フットボール28都市の熱狂」は、千葉・市原へ出向く前に読み終えていた。本書「英国のダービーマッチ」は、新幹線往復の車中・宿舎で読んでいた。著者あとがきで「サポーターたちにとってダービーとは、自分たちの歴史、自分たちのカラー、自分たちのチームを誇示し、クラブがある地の精神と価値観を投影し、自分たちのサッカーといえるものを見せる場だ。」としるされた一文を読んだ時、素直に実感として、「ダービーマッチ」そのものを理解した。

 サッカーというスポーツは確かに夢を希望を与えるものである。しかし、それだけでは熱狂というものには成らないのだろう。また文化ともなりえないのかもしれない。連綿としたサッカーの歴史は、綺麗ごとの「夢」「希望」のみではなく、ドロドロしたした人々の情念が渦巻く世界が、「フットボール文化」を支えてきた事実がある。

 「ダービーマッチ」についての二冊の本を読み終えて、「フットボール」の歴史の重さを感じるとともに、なぜ、英国で「フットボール」が生活・文化で言い切れるのか少しは理解した。「フットボール文化」は、上位からの掛け声だけでは形成することはできない。下位からの情念の歴史の積み重ねが、本物の「フットボール文化」を形成する。その意味では、わが国では、「フットボール文化」という言葉を使うには程遠いのかもしれない。そのようなことをこの本を読みながら痛切に考えた。

2009年10月20日 (火)

Books 「ダービー!!」

Img 著者:アンディ・ミッテン/訳者:深山大輔/発行:東邦出版(2009.10)/定価:1600円+税/P.333

「フットボール28都市の熱狂」 「魂を揺さぶるサッカーの血戦」

【コンテンツ】 赤い劇場、赤い激情/すべての戦いが生まれし地/ゲームを超えた何か/いつもホット、いつもレッド/愛の、愛の島/羊とやるか、ロバをひくか/永遠の都、永遠の戦い/ほか

世界各国で現地取材した「ダービーマッチ」の熱狂を書きしるしたノンフィクションだ。

サッカーでいう「ダービーマッチ」とは何か? 「ダービー」の語源は「競馬」にある。「競い合う馬」の伝統から生じた。「ダービーマッチ」はただ単なる同じ街、エリアにあるチーム同士の試合ではないのだ。「地理、歴史、派閥抗争、階級、宗教、さらに経済状況が、ダービーに彩どりを加えていく」。

 世界各国での「ダービーマッチ」の詳細を私に伝えていただいた興味深いノンフィクションであった。

2009年10月13日 (火)

Books 「モウリーニョの流儀」

Img 著者:片野道郎/発行:㈱河出書房新社(2009.09)/定価:1600円+税/P.254

「勝利をもたらす知将の哲学と戦略」
「自分が世界一の監督だとは思わない。しかし、私以上の監督がいるとは思わない。」

【コンテンツ】 モウリーニョ見参/イタリアという洗礼/4-3-3の挫折/イタリアでの飛躍とヨーロッパでの躓き/最も長くナーヴァスな2週間/スクデッドへの道

 ポルトガル生まれの監督、ジョゼ・モウリーニョを知らぬサッカー関係者はいないだろう。それほどまでに鮮烈な存在だ。バルセロナ、ポルト、チェルシー、インテルと欧州の強豪クラブで結果を残し続けている余りにラジカルな監督だ。

 私は、ジョゼ・モウリーニョに関する本の幾冊かを興味深く読んだ。確かに読んだ。だが私の手元にはない。だからブログの左サイドバーにも掲載していない。息子が自宅に帰還した時、「面白い本はない?」と聴くので、ジョゼ・モウリーニョに関するその本を薦めた。

 ジョゼ・モウリーニョのメデイアと対峙する時の言葉に興味を抱いた。ラジカルで戦闘的で時には暴力的な言葉でありながらも、その根底にある知性・哲学・詩を垣間見る。「監督」とは「アクター(俳優)」また「哲学者」「詩人」でもあるのだろうか。

  「今私はインテルと恋に落ちた。もちろん過去のことは忘れない。しかし、それは何のノスタルジーももたらさない過去の記憶だ。今私はここにいて、ここにいることを心から喜んでいる」と。本書の最終章の中での、インテルを指揮して1年目にスクデッドを勝ち取ったジョゼ・モウリーニョの言葉だ。

 イタリア在住の著者が、ジョゼ・モウリーニョのイタリアでの奮闘の軌跡をしるした興味深く楽しく読むことができた良書だった。

2009年10月 6日 (火)

Books 「サッカー戦術クロニクル Ⅰ・Ⅱ」

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著者:西部謙司/発行:カンゼン(:2008.07 :2009.09)/定価:・各1500円+税/:P.258 :P.253

「サッカーを知る上で、『戦術』は永遠のテーマです。」「すべての『戦術』には然るべき理由があります。」

「戦術クロニクル」〜トータルフットボールとは何か?〜
【コンテンツ】 時計じかけのオレンジ/ACミランのルネッサンス/バグンサ・オルガニザータ/天才ヨハン・クライフの挑戦/アルゼンチンとマラドーナ/ジダンとアヤックスの時代/ギャラクティコ/モウリーニョの4-3-3/ハードワークの時代/トータルフットボールの起源

「戦術クロニクル」〜消えた戦術と現代サッカーを読む〜
【コンテンツ】 不滅のカウンターアタック/強者のカウンターアタック/伝統と革新のスタイル/消えたマンツーマン/消えたマンツーマン/ロングボール/リバプールとビルドアップ/スペインとバルセロナの技術革命/進化するマンチェスター・ユナイテッド/チェルシーと黄金の4人/ジェノアの挑戦/セットプレーの挑戦


 「クロニクル」とは、「年代記」とか「編年史」とかという意味なのだろうか?サッカーにおける「戦術史」の変遷が理解できる興味深く楽しい本であった。サッカー関係者には、一読を薦める。

 「戦術クロニクル」は昨秋に読んだ。続編の「戦術クロニクル」は今週に刊行されるやいなや、書店に出かけて購入して読んだ。わが国では、書店の棚に一般的なサッカー関係の本などが氾濫しているが、強烈に読みたいと思う本がなかなか見つからない。

 私の興味が特殊なのだろうか?この本はまさしく私が強烈に読みたいと思った一冊で、読後も、サッカーの戦術史の変遷を知ることができて、やはり買って読んでよかったと満足感に浸れた。

 「戦術クロニクル」の「おわりに」の著者の一文に、「このサッカーは正しいのか。このチームにとって、ファンにとって、国民にとって、「正しい」と思える根っこがあるのか。それとも損得勘定だけの根無し草なのか。知を愛さないチームの戦術には、残念ながら知性も品性もかけてしまう。哲学という背骨を欠いた、便利なだけの戦術など、しょせんは長続きはしないものだ。」と。

 確固とした「哲学」を持ち続けたクラブ・チームが一過性ではなく、サッカーの歴史に大きな足跡を残した。そのことは、グラスルーツ(草の根)のクラブ、その中のチームにもあてはまるのだ。さまざまなクラブ・チームが、独自の個性的な「哲学」を持ちサッカーに取り組み続けていけるだろうか? 

 グラスルーツの中でも、必ず哲学に則って積み重ね続けたクラブ・チームが存続し評価をきっと受けるようになる。今後クラブ間格差は顕著に現れてしまうjのだろうと、この本を読みながらふとそのようなことが脳裏に浮かんだ。

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