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2009年12月13日 (日)

熊本県植木町の観光記事を見て

Img  雑誌「旅の手帖」12月号のページを繰っていると、「熊本ぶらり旅」という記事の中で「植木町」の小さな1ページの観光情報が紹介されていた。わが国には、数え切れないほどに町や村がある。ただ訪ねることができるのは限りがある。一生かけてもすべてを訪ねることはできない。私にとって、熊本県鹿本郡植木町は訪れてみたい町のひとつだ。

 熊本県北部に位置するその町は、私にとって興味が湧く三つの地がある。一つ目は明治10年3月、わが国最後の内戦である政府軍と薩摩軍との「西南戦争」最大の激戦地であった「田原坂(たばるざか)」だ。
雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂 右手(めて)に血刀 左手(ゆんで)に手綱 馬上ゆたかな美少年」 (熊本民謡)

二つ目は放浪の俳人・山頭火が一年余りを過ごした「味取観音堂(みとりかんのんどう)」だ。実家の破産を受け妻子とともに熊本へ移り住み、大正14年(1925年)、43歳の時、「味取観音堂」堂守の職を得た。一年余りを過ごし、ひとり行乞流転の旅に出た。放浪俳人・山頭火の旅立ちの地だ。
「松はみな 枝垂れて 南無観世音」 (山頭火)

そして、三つ目は、その雑誌には掲載されてはいなかったが、戦前・戦中の作家・蓮田善明の生まれ育った地だ。昭和20年8月17日、終戦2日後に同氏はインドネシア・ジョホールバルで自決した。戦後、昭和45年3月(1970年)、「蓮田善明とその死」が刊行され、序文を三島由紀夫が執筆した。同年5月に三島由紀夫は市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した。田原坂公園内に、蓮田善明の歌碑があるという。
「ふるさとの 驛におりたち 眺めたる かの薄紅葉 忘らえなくに」(蓮田善明)

「熊本県鹿本郡植木町」WEbサイト

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