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2009年11月 7日 (土)

左 甚五郎を思い出して

 「左党」という言葉が気になった。なぜ、酒を飲むことが好きな者を「左党」と呼ぶのか?調べると、江戸時代に、一般的に大工が右手に金槌、左手に「ノミ」を持つことから、「ノミ」を持つ手の「左手」が「飲み手」を表し、酒を飲むことが好きな者を「左党」という俗称が生じたという。

 私は「甘党」でありながら「左党」でもある。ひとつの別の事実がある。私は「左利き」だ。昨晩、布団に入りながら、「左」の思い出が頭の中に浮かんできていた。いつだったのだろうか?私が小学生になる前のことではないだろうか、祖母と路地裏のおばさんたちと京都の寺へ出かけた時のことである。

 ある光景と印象深い言葉が私の記憶に刻まれ続けていた。私が見たもの「天井の傘」、足と耳で感じた「うぐいす廊下」、「左甚五郎は有名な大工で、左利きやったんや!」祖母のその言葉が今も耳に聞こえてくる。

 祖母の言葉で知った左甚五郎その人がどのような人物なのか知る由もなかったが、子どもながらに、「偉い大工さん」だと思っていた。後年、左甚五郎は、東照宮の国宝「眠り猫」の作者と伝えられていることを、私が大学生だった頃に初めて知った。

 昨晩、懐かしく思い出した左甚五郎のことを、今朝Webサイトで検索してみた。実在したのか、しなかったのか事実は明確ではないという。そのことは私にはどうでもよいことであった。ただ、私には自分自身の記憶の中に生き続けていたのだから。

 Webサイトで検索しながら今朝、祖母が私に初めて左甚五郎のことを伝えた京都の寺を、50年ぶりに私は確認できた。左甚五郎の「忘れ傘」、「鴬張り廊下」がある京都・知恩院であった。

「浄土宗 総本山 知恩院」公式サイト

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