« 庶民の信仰「円空・木喰展」 | トップページ | 東京・広尾のブロンズ像? »

2009年10月27日 (火)

「なつぐさ」という題字に想う!

Img_2 文集「なつぐさ」、1995.10.21に発刊した。「ソレステレージャ奈良2002ジュニア」の前身である「西奈良ニーノスフットボールクラブスポーツ少年団」時代に、初めて静岡・清水草サッカー大会参加した折に子どもたちが書きしるしたものを文集としてまとめた。2度目にも、3度目にも参加した折に、同様に「なつぐさ」として文集にまとめた。

 14年前のその文集の巻頭に、「夏に想う」という表題で私は書いた。「夏木夏草香立ちて子馬よく育つ」(大森 桐明)という俳句を冒頭にして、

「夏の終わりになると、いつも心が気ぜわしくなる。今年の夏もそうだった。忘れ物をしているような、落し物をしているような気持ちになる。僕は渡し忘れていた。いや、渡しそびれていたと言ったほうがいい。でも、僕にとっては大切なこと。僕の宝物を人に渡すことで今年の夏のピリオドを打った。夏の終わりに、ちょっぴり素敵な気分で。

 夏という季節は、いつも少しだけ少年の頃に僕を戻してくれる。路地裏の夏小僧だった頃を。工事現場の砦、陸軍墓地の原っぱ、冷たい水道水、銭湯の一番風呂、扇町公園の水練学校、路地裏での盆踊り、女の子の浴衣姿。今から思えば、宝物がちりばめられていたような楽しい時。42歳の僕にとって、そのような情景は遥か遥かむかしのこと。

 だけど、君たちサッカー小僧にとっては、まぎれもなく、今がその時。6年生の夏は一生に一回きりだ。大人への入口に立つ大切な夏だ。僕は君たちと一緒に旅に出たかった。旅での体験は人の器を大きくする。旅の中に楽しさは少なく、旅の後に楽しさは残る。ほんとうの旅はそのようなものだ。旅は「トラブル」の連続だ。だから、旅は「トラベル」と言うのだ。

 君たちにとって、「草サッカー」は、「旅行」ではなく生まれて初めての「旅」だったのだ。夏草が香る炎天の下で過ごした日々が、君たちの明日のために、何らかの肥料になってくれることを願っている。君たちのとっての最初で最後の「草サッカー」の体験が、大人への階段を昇る大きな一歩となることを心から信じている、」

 14年前に私が書きしるした雑文である。その文集の題字「なつぐさ」を自分で書こうと思った、しかし私は字が下手であるということは客観的事実なので、妻に頼んだのだが彼女も恥ずかしい字は書けないと断られた。ただ、妻は職場でいっしょに働いている書の上手な女性に頼んでみると言ってくれた。私の一文と子どもたちの作文を妻に手渡し、その女性に題字をお願いした。快く引き受けていただいた。その題字が写真にある「なつくさ」という書だ。

 今晩、久しぶりの文集「なつぐさ」を取り出しながら、じっくりとその題字を眺めた。見も知らぬ子どもたちの文集の題字を書くために、筆をとっていただいたことを本当に有難いと今も思い続けている。その文集の末尾に。「表紙題字(なつぐさ) 迎田 紀和子さん(大阪市立思斉養護学校)」と書きしるしている。

 平成21年10月26日、彼女はすい臓がんで逝去された。享年51歳だった。今日は妻が通夜に出かけている。「なつぐさ」の書を眺めながら、私は今、感情が高ぶり網膜の奥底が潤む。14年前に書いていただいた書の想いを心の中に刻みつけながら、たゆまなく行為し続けていこうとあらためて自戒している。

 この雑でとりとめもない一文を、題字「なつぐさ」を書いていただいたことへの感謝とともに、心からの鎮魂歌とさせていただきます。ご冥福をお祈り申し上げます。

« 庶民の信仰「円空・木喰展」 | トップページ | 東京・広尾のブロンズ像? »

ソレステレージャ」カテゴリの記事