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2009年10月12日 (月)

かつての「二名カップ少年サッカー大会」チラシを眺めながら

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 10/10(土)・11(日)に、「ソレステレージャ奈良2002招待第28回二名カップ少年サッカー大会」が盛況の内に終幕した。保護者・関係者・参加チーム指導者等々の尽力の御蔭だと思い心からの感謝の念を抱いている。

 個人的な日常の回避できない私自身の「忙しさ」と「怠惰」の中で、今年もまた「二名カップ」に、心の準備ができずままに突入し終了した。いつも、思ってしまう。「忙」は、やはり「心」を「亡」してしまうのだろうか。大会事前にブログに書き込むべきものが何ら書きしるすことはできなかった。大会両日もまた然り。私自身の不徳のいたす所である。

 今朝、ゆっくりした時間の中で、本棚を整理していた。「西奈良ニーノス招待第19回二名カップ少年サッカー大会」、今から9年前の新聞チラシが出てきた。その頃は、大会のチラシを新聞オリコミで地域の家庭に配布していた。その中で、私が書いた一文を久しぶりに読んだ。「星の王子様」の言葉を引用した「おとなは、だれも、はじめは子どもだった!」という表題だった。

 『「おとなは、だれも、はじめ子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない」と、フランスの作家、アントワーヌ=ド=サン=テグジュベリは「星の王子様」の中で書いています。
 いま、わたしたちは、子どもの頃を忘れたおとなとして、自分勝手に子どもに接してしまっているような気がします。子どもが感じていること、考えていること、思い描いていることを、素直に受け入れずに、おとなの身勝手な価値観で、子どもの頃を忘れたおとなの過保護・過干渉が子どもの自分自身で感じ、考え、思い描き、判断し、行動する力を弱めていることは事実です。
 いま、子どもの頃を忘れたおとなは、自分自身が子どもの頃にどのようなことを、感じ考えたのかを思い出してみることが大切です! おとなよりも可能性を秘めた子どもの未来のために。』
(茂)

 この一文を寄せてから9年が経った。読み直してみて、私はその内容について、10/12(月・祝)の朝、今も同様な気持ちを抱き続けたままであることを再度認識している。

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