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2009年10月 5日 (月)

今日は、「レモン忌」だった!

Img  今日は、詩集「智恵子抄」に詠われた高村智恵子の命日、「レモン忌」だった。高村光太郎は、精神を病んだ末に53歳で病死した妻・智恵子への想いを詩集「智恵子抄」に綴った。永遠の愛の詩だ。

 2002年秋に、宮城県で国体が開催された折に、私は妻と義母に福島市でおち合い仙台へ向かうことになっていた。前日に私はひとり会津若松を訪れて後に、その日、郡山から福島へ新幹線で向かった。

 二本松近くにさしかかった時、車窓から智恵子が生まれた故郷を遠くから眺めた。遠くに、「阿多多羅山」が見えた。列車よゆっくり走れという願いもむなしく、新幹線は非情なまでに速すぎた。その風景はすばやく車窓から通りすぎ去った。いつかは二本松へ、智恵子の故郷を訪れたいとその時思った。あれから7年が経つ。未だに訪ねられずじまいだ。

 今日は「レモン忌」だ。久しぶりに本棚から新潮文庫「智恵子抄」をとりだしページを繰った。黄ばんだ表紙には、智恵子の「切抜絵」が飾られてる。精神を病みながらも本能的な美への希求をし続けていたのだろう。

 光太郎は死に向かう智恵子の最後を詠った。それは、まさに愛の絶唱だった。

「レモン哀歌」

そんなにもあなたはレモンを待っていた 
かなしく白くあかるい死の床で 
わたしの手からとった一つのレモンを 
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ 
トパアズいろの香気がたつ 
その数滴の天のものなるレモンの汁は 
ぱつとあなたの意識を正常にした あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑う 
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの喉に嵐はあるが 
かういう命の瀬戸ぎはに 
智恵子はもとの智恵子となり 
生涯の愛を一瞬にかたむけた 
それからひと時 
昔山麓でいたような深呼吸を一つして 
あなたの機関はそれなり止まった 
写真の前に挿した桜の花かげに 
すずしく光るレモンを今日も置こう 

(高村光太郎)

「高村智恵子/二本松市」Webサイト

「モンデンモモ」Webサイト
 

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