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2009年9月19日 (土)

美術家の森村泰昌さんと大阪・鶴橋

 9/12(土)、台湾映画「九月に降る風」を観て、新聞紙上で書かれた美術家の森村泰昌さんの印象深い映画評をブログに掲載した。

「これは96年の台湾ではなく、私がまだ10代だった60年代の日本の物語ではないか。そんなふうに思えてくる映画なのである。」
「ここに描かれた青春は三島由紀夫の小説“潮騒”を思わせる神話的な美しさに満ちている。」
「“九月に降る風”は青春の光と影、あるいは青春の美とその終わりが描かれた映画であるが・・・・・・
未成熟であるがゆえの美と成熟していくがゆえの美の終わりについての映画である。」としるされていた。

 美術家の森村泰昌さんの存在は、いままでメディアを通じて存じ上げていた。9/17(木)日本経済新聞夕刊の「ぶんか探訪」で、「森村泰昌さんと行く大阪・鶴橋」という記事が掲載されていた。「今や一大観光スポット」「新旧混在、日常に面白み」という見出しが並んでいた。私は、森村泰昌さんが鶴橋を訪れての印象記なのだろうかと思い読み進んだ。

 偶然に新聞紙上の映画評の中で美術家の森村泰昌さんの文章に惹かれ、その5日後、新聞で森村泰昌さんの記事に眼がいった。読み進むと同氏が、鶴橋近くで生まれ育ち、現在、アトリエを鶴橋駅近くの高架下に構えていることを初めて知った。

 「面白い場所があるんです」と同氏が記者を伴い訪れたJR鶴橋駅近くの場所を、偶然に私もまた興味深いタイムスリップしたような空間として好んでいた。「鶴橋」は「少なくとも、自分にとってはすごく大事な場所」と話されていた言葉が私には印象的だった。同氏もまた、不思議な町として「鶴橋」にこだわり続けていらっしゃるのだろう。

「“森村泰昌”芸術研究所」Webサイト

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