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2009年7月 9日 (木)

「私を断罪せよ」~岡林信康フォークアルバム~

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 7/7(火)、七夕の日、日本経済新聞夕刊の文化面の記事、「岡林フォークに若者 共感」を読んだ。 1960年代末、若者たちにとって「フォークソングの神様」として岡林信康(62)は存在した。40年を経て、今再び脚光を浴びている。「暗い社会情勢の中、若者たちが明日を模索する歌詞に共鳴し、音楽の新鮮さに心を動かす」そのような状況が共感を生み出している背景にあるという。

 久しぶりに、岡林信康の復刻盤「私を断罪せよ」を聴いた。1969年に録音されたことははっきりと明記されていた。1992年、私が38歳の時に復刻された。私がそのCDアルバムをいつ買ったのかはっきりとしない。そのCDアルバムが我が本棚の片隅に存在するということは、その時、岡林信康の歌を聴きたいと思い買ったことは確かだ。

 「くよくよするのはもうやめさ 今日は昨日を超えている」 (今日をこえて)
 「暗い手紙になりました。だけど、私は書きたかった」 (手紙)
 「それで自由になったのかい それで自由になれたのかよ」 (それで自由になったのかい)
 
「あいつにあったなら あの世で二人また旅に出よう」 (ランブリング・ボーイ)
 
「友よ この闇の向こうには 友よ 輝く明日がある」 (友よ)

 
岡林信康の歌は、間違いなく、その時代をはっきりと映し出した音楽であることは間違いない。今晩、「私は断罪せよ」というCDアルバムを聴きながら、岡林信康、本人が彼自身をどのように判断しようがしまいが、1960年代末を象徴するシンガーであったことは、大袈裟かもしれないが、まさに歴史的事実そのものだ。「友よ」という歌を叫び歌っていた青臭い、純情なあの頃を、今、思い出した。

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