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【陸上】
女子4×100mリレー 添上高校 準決勝3組 3位 47:32 決勝進出ならず
【テニス】
(女子団体3回戦) 県岐阜商(岐阜) 2-0 平城 全国ベスト16
【弓道】
(男子団体 決勝トーナメント1回戦) 橿原 14-14(8-7) 若狭東(福井)
(女子団体 決勝トーナメント1回戦) 秀岳館(熊本) 14-12 橿原
【ソフトボール】
(女子2回戦) 水戸商(茨城) 1-0 天理
【バレーボール】
(男子決勝トーナメント2回戦) 佐世保南(長崎) 2-0 添上
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
【陸上】
男子4×100mリレー 添上 予選9組 5位 予選敗退
女子4×100mリレー 添上 予選5組 1位 準決勝進出
【バレーボール】
(男子) 予選グループ戦 伊良部(沖縄) 2-1 天理
敗者復活戦 石川工(石川) 2-0 天理
【バスケットボール】
(男子1回戦) 安城学園(愛知) 132-83 一条
(女子1回戦) 普天間(沖縄) 84-64 奈良女子
【テニス】
(男子団体1回戦) 熊本二(熊本) 2-1 登美ケ丘
静岡市立(静岡) 2-1 奈良育英
(女子団体1回戦) 平城 3-0 早実(東京)
ルーテル学院(熊本) 3-0 奈良育英
(女子団体2回戦) 平城 2-1 聖霊女子短大付(秋田)
【ソフトボール】
(女子1回戦) 神田女学院(東京) 3-2 奈良文化
【なぎなた】
(予選リーグ) 一条 予選敗退 奈良育英 予選敗退
【弓道】
(男子団体) 橿原 決勝トーナメントへ 畝傍 予選敗退
(女子団体) 橿原 決勝トーナメントへ 高田商 予選敗退
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
岩手県選手団だ! 私が青春時代に魅了された宮澤賢治・石川啄木のふるさとである。
新潟県選手団だ! 私の父のふるさと「越後」、今一度だけは訪ねておかなければならないと思っている。
長野県選手団だ! 青春時代からの憧れの地である。今、私の変わりかどうかわからないが私の息子がその地で住んでいる。
岐阜県選手団だ! 私の祖母のふるさとは岐阜県大垣市である。松尾芭蕉「おくの細道」結びの地である。
愛知県選手団だ! 私の祖父のふるさとは愛知県一宮市である。「けんか祭り」で有名な地である。
佐賀県選手団だ! 娘はこの地の大学を出た。旧鍋島藩、「葉隠れ」発祥の地である。
大阪府選手団だ! 私は大阪市東成区の旧大成通で生まれ育った。24歳までは大阪市民だった。
第1部:「凛」(りん)
女子生徒のみの演技だった。外見のやわらかさと内に秘めた強さたくましさである心の姿を「凛」(りん)というキーワードから表現した集団ダンスだった。ダンス・衣装そのもの、またその色彩も素敵だった。
第2部:「気」(き)
男子生徒のみの演技だった。黄色のトレーニングチューブを使い、「凛」とは違った力強い心意気を表現していた。
第3部:「翔」(しょう)
男女生徒による合同演技だった。ダイナミックな移動の動きがたえまなく続き、若き男女が協働して、「倭」「大和」、そして「日本」から、限りなく高みへと、「飛翔」していく姿を表現したのだろうか?
総合開会式プログラムを見ると、奈良・平城・郡山・橿原・畝傍・桜井・高田・一条の男女1300名の奈良県内高校生の渾身の集団演技だった。実に感服した。
「2009近畿まほろば総体」総合開会式の大会序章は、天理教校学園高校マーチングバンド部による、テーマ「自分への挑戦」というドリル演奏だった。久しぶりにマーチングバンドのドリル演奏を聞いた。イタリア映画音楽の作曲家、エンリコ・モリコーネの曲をアレンジした演奏は、全国トップレベルのマーチングバンドだけあって余りにも素敵で壮観であった。
「天理教校付属高校・天理教校学園高校マーチングバンド部同窓会」公式サイト
いつもより早く、今朝4:00に起床した。まるで子どもの頃の運動会当日の気分だった。外に出て天気を確認した。曇りではあったが今にも雨が降りそうだった。インターネットをアクセスしたり本読んだりしながら時を過ごした。7:10に自宅を出て、近鉄奈良駅前の喫茶店でコーヒーを飲み徒歩にて鴻ノ池陸上競技場へ向かった。
小雨降る中、遠路はるばるやって来た選手たちとともに、誘導標識どおり東向北商店街を抜け、奈良女子大正門前を通って、その後は左に曲がったり、右に曲がったりと、ぐねぐねと、朝からウォーキングラリーをしているような気分だった。道中にはガードマンや県内高校生たちが誘導していた。奈良に住んではいるが、まったく初めて歩く道だった。最後の心臓破りの坂を上ると、奈良交楽館前、鴻池のほとりに出た。眼前に鴻ノ池陸上競技場があった。
競技場へはペットボトル、水筒、雨傘も持ち込み禁止だった。やむなく雨傘を手荷物預かり所へ預けた。本人確認のため運転免許証を提示し手荷物検査を受けた後、8:45に競技場内に入った。入場すれば開会式が終了するまで、競技場外には出ることができない。メインスタンド屋根の下に席を確保した。無料で配布される飲み物を飲みながら、窮屈な体勢で1時間余りを過ごした。
バックスタンド中央には、吹奏楽隊300名、合唱隊150名の式典音楽隊が位置していた。
10:06 大会序章としてマーチングバンド演奏があった。実に素敵だった。開式通告があり、式典音楽隊が入場行進曲を演奏する中、バトントワリング隊が先導し、国旗・大会旗・県旗入場につづき、趣向をこらした各都道府県選手団が入場してきた。実に晴れやかな光景だった。
選手団がすべて入場し終わり、開会宣言があり国旗掲揚、大会旗・県旗掲揚、賜杯・優勝杯返還とつづき、祝辞・歓迎のことばがあった。特に県高校生代表の女子生徒の言葉は素敵で印象深く心に残った。そして皇太子殿下のおことばをいただいた。まじかにご拝謁させていただいたのは、私にとって初めての体験だった。最後に添上高校陸上部の男子生徒・女子生徒二人による選手宣誓により閉式となった。
選手団がバックスタンドに移動した。鴻ノ池陸上競技場のメインスタンド・バックスタンドが満席となった中、奈良県内高校生男女生徒1300名による公開演技「大和の地 息づく心“凛”“気”“翔”」が披露された。まさに壮観の一語につきる。続いて選手団激励のための和太鼓隊の演奏があった。いずれも、今まで感じたことがないような圧倒感をもった県内高校生のエネルギーに心が震えた。
式典は、小雨降る中つつがなく終了した。県内外の高校生たちのとてつもない情熱と実行力を感じ取った有意義な一日であった。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
7/27(月)ブログのアクセスを確認していた。あれっ?と思った。あるブログからのアクセスが目立った。そのブログにアクセスした。「闇の中の翼たち」という魅力的な本を上程された著者が開設されているブログだった。7/25に「ボランチノート」の中で私が書いた拙文を読んでいただいていた。恐縮している。素敵な本を執筆された著者のより一層のご活躍をお祈り申し上げます。
「倦埋草」ブログサイト
10/2(金)~4(日)、「スポーツサイエンス・テクノロジー2009」が、東京ビッグサイトで開催される。スポーツとサイエンステクノロジーの融合にフォーカスを当て、わが国のスポーツサイエンス・テクノロジーのより一層の発展に貢献することを目指すことが開催趣旨だと、書き記されていた。
講義内容については、「シンポジウム」「セミナープログラム」「トレーニング」「栄養」「スポーツマネジメント」「学校体育ルネッサンス」「併催学会セミナー」等の分野でさまざまなプログラムが開催される。私にとって興味あるテーマが目白押しであった。
発作マグマとして好奇心が噴出してきた。是非とも参加したいと思っている。
「スポーツサイエンス・テクノロジー2009」公式サイト
7/26(日)夕刻、母の四十九日の法要の帰路、大阪、近鉄鶴橋駅ホームで女子生徒の集団を見かけた。背中には「盛岡第二高校」とプリントされた文字が見えた。インターハイに出場するため、遠路、イ-ハトーブの地、岩手県、盛岡市からやってきたのだ。
平成11年(1999)に「99岩手総体」に、私は初めてインターハイ観戦のために奈良から岩手盛岡まで出かけた。息子は100%出場しないが、所属する高校サッカー部が出場し、加えて、「イーハトーブ」、宮澤賢治、石川啄木のふるさとであったから。
大阪・伊丹空港から花巻空港まで空路を、盛岡で宿泊する予定にして旅行社に手配をたのんだが、「インターハイ」と「さんさ踊り」が重なり予約できなかった。やむなく大阪・伊丹空港から青森・三沢空港まで飛び、JR八戸駅へ出て、東北本線を南下して盛岡へ入った。宿泊先を予約していなかったので盛岡駅内の観光案内所で、「空室はありませんか?」と尋ねると、「今まで満室だったですよ。まあ、ほんとうに、お客さんグッドタイミングですよ!」係りの女性が私に言っていただいた。日頃の行いがよいのか、計画通りに盛岡市のビジネスホテルで2泊した。
その大会の会場は、岩手県営運動公園陸上競技場だった。奈良育英高校は多々良学園に1回戦で敗れた。その時のボランチは現在ヴィッセル神戸で活躍している北本久仁衛選手だった。そのチームの選手にとって1回戦敗退は不利益である。しかし、私にとっては利益を得た。岩手を巡る時間ができた。啄木のふるさと・渋民村、賢治の花巻、二人が学んだ盛岡の街を訪ねることができ、、そして、「さんさ踊り」を観覧することができた。もう、あれから10年という時が流れた。
「99岩手総体」のスローガンは、「飛びたとう 岩手の空に 夢はせて」だった。今日、雑然とした私のふるさとの駅に降り立った彼女らが、岩手・盛岡から大阪・鶴橋までどのような行程でやって来たのかはわからない。彼女らの目に、わがふるさとの「鶴橋駅」はどのように映ったのだろうか? 北上川の岸辺から岩手山が見える風景とはまるっきり相違していただろう。偶然にも見かけた、いや必然なのかもしれない。「岩手県立盛岡第二高校 薙刀(なぎなた)部」の「2009近畿まほろば総体」での健闘を心から祈っている。
※掲載の写真は、「99岩手総体」、「平成11年度全国高等学校総合体育大会 サッカー競技」大会プログラムである。
「岩手県立盛岡第二高校」公式サイト
「盛岡さんさ踊り/盛岡商工会議所」Webサイト
「2009近畿はほろば総体」総合開会式まで、あと2日に迫った。昭和59年(1984)の「わかくさ国体」から25年ぶりに、スポーツのビッグイベントが、奈良県を主会場として行われる。「全国高等学校総合体育大会」(インターハイ)は、高校生の最大スポーツの祭典だ。
「近畿まほろば総体」は、県内では、15市町村、27会場で15競技が実施される。「近畿」という名称が示す通り、近畿2府4県による開催で、施設の関係上、14競技については県外実施となる。
7/24(金)奈良新聞の「金曜時評」の中で指摘されている。「わかくさ国体以降の25年を振り返ったとき、スポーツ行政が軽視されてきた印象がぬぐえない、今大会を機に改善、転換を期待する。」と。わが国が「スポーツ振興」を掲げている中で、確かに奈良県は他都道府県と比較して牛歩の歩みの様相を呈している。
全国規模のスポーツ祭典の開催を契機として、ほんとうの意味でのスポーツ振興にとって、ハード・ソフト両面の充実と新たなスポーツ・システムの構築が急務と認識し、抜本的な改革を成し遂げて欲しいものだ。
7/22朝日新聞朝刊によると、7/21、同志社大学は、新たな大学院となる「スポーツ健康科学研究科」を、2010年4月に京都田辺キャンパスに開設すると発表した。健康科学、トレーニング科学、スポーツ・マネジメントの3分野を設けることを予定している。
著者:鹿島茂/発行:平凡社新書(2009.05)/定価:960円+税/P.423
「彼は何と闘ったのか。」 著名なフランス文学研究者が渾身の想いで、書き記した戦後の思想家・吉本隆明論。
私がこの新書本を買って読もうとしたのは、まず表題にあった。「吉本隆明」・「1968」そして、その著者・鹿島茂さんという名だった。私は、鹿島茂さんというフランス文学研究者が著名な方であることをメディア等を通じて存じ上げていた。
吉本隆明さんは作家・吉本ばななさんの父親だが、その時代の中の若者たちを惹きつけた思想家だった。ただ、著者が、1960年代の思想家・吉本隆明論を書き記されたことは、私にとって意外であり、なぜ?という疑問が渦巻いた。この本を読み、そのなぜ?の解答を少しは理解できたような気がする。それは私自身の問題でもあった。
その二人の根底にあったものは、街の「中産下層階級」出身であったということだ。著者は吉本隆明さんの思想の「寛容主義」は、「下層中産階級の出自を持つ人間が知的上昇を遂げて階級を離脱する時に訪れる根源的な“悲しみ”を真正面から見据えた」ところから発していると断言する。
著者が個人的に吉本隆明さんの一番好きな文章である「別れ」が引用されていた。「わたしはあの独特ながき仲間の世界との辛い別れを体験した。別れの儀式があるわけでも、明日からてめたちと遊ばねえよと宣言したわけでもない。ただひっそりと仲間を抜けてゆくのだ。もちろん気恥ずかしいから勉強へ行くんだなどと口に出さない。すべては暗黙のうちに了解される。・・・・・良きひとびとの良き世界と別れるときの、名状し難い寂しさや切なさの感じをはじめて味わったのはこの時だった。」
この文章を好きだという著者にもこのような名状し難い体験があったのだろう。私にも体験の内容が違えど、「良きひとびとの良き世界と別れるときの、名状し難い寂しさや切なさ」を抱いたことがあった。「汝は住むべき下町の」想いと、そこを離脱しようとする「知」の力への渇望という心の中の葛藤が確かにあった。
著者はあとがき末尾で、 「われわれが吉本隆明をわがことのように読むことができたのは、吉本が、大正ユース・バルジ世代、すなわち、“一族で初めての大学生”となることを経験し、自らの出身階級からの“別れ”を強いられた世代の“再生産”であったからにほかなりません。」と書き記した。
著者もまた「一族で初めての大学生」だったのだろうか? 少なくも私はそうだった。「知」に魅了された。そのことが、「住むべき下町」を出たいとか、その階級を離脱したいとか考えることも無く。ただ、そのことは自然と「住むべき下町」からの別れを意味していたのだろう。
私が初めて名状し難い寂しさや切なさを感じたのは、1969年、高校へ入学した時だった。その時、確かに「汝は住むべき下町」の環境とは全く異質であった。その異質な文化風土に魅了された。それは、「別れ」 というのか、もしかしたら「裏切り」の体験であったのかもしれない。
この本を読みながら、本論の内容とは別に個人的な想いが噴出した。先月、亡き母の告別式の1週間後、鶴橋・大成通の「太陽亭」の兄ちゃんに、誰にも直接言わなかった言葉を生まれて初めて吐いた。「俺は、この街を裏切ったと思いますねん!」と。その返答は、「ここで、その街の話をしていることは、絶対に裏切ってない!!」と言っていただいた。有難いことである。
7/26(日)、亡き母の四十九日だ。法要のため、朝、鶴橋・大成通の路地裏の実家へ赴く。
7/28(火)10:06、「2009近畿まほろば総体」総合開会式の式典が始まる。その式典内容を確認した。
「古の都からの発信~伝える 創る 挑む~」
8:20 観覧者入場開始
10:06 大会序章(マーチング演奏)
10:14 開式通告
選手団入場
優勝杯返還・祝辞・歓迎のおことば・選手代表宣誓
公開演技 大和の地 息づく心 「凛」「気」「翔」
選手団激励 (和太鼓演奏)
選手退場
11:54 終了
当日は、NHK総合テレビで、10:05~11:00まで全国中継される予定である。
「総合開会式」での私の楽しみは、赤文字で記している「マーチング演奏」「選手団入場」「公開演技」「和太鼓演奏」だ。特に、1300人の県内高校生が「大和の地 息づく心」を「凛」「気」「翔」というキーワードでどう表現するのか、わくわくどきどきしながら、その時を心待ちしている。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
7/23(木)、 「近畿まほろば総体記念 元気に応援!弁当」が発売された! コンビニ大手のセブン・イレブン・ジャパンと奈良県との提携事業で、奈良県立磯城野高校(しきのこうこう)フードデザイン科生徒が企画・開発したレシピとメニューを採用した。
弁当の品目は全9品、「ヤマトポークの炭火焼肉」「大和まなの煮浸し」「金平ごぼう御飯」など地場食材にこだわり、野菜を多く用いた栄養価ある内容に仕上げたという。生徒が、企画・開発したメニューを直接、商品化して販売することは、同社として初めてだという。
「2009近畿まほろば総体」は、奈良県内の高校生たちも、縁の下の力持ちとして、その大会を支え盛り上げようとしている。もし、お腹がすいて、コンビニで弁当でも買おうかと思うと、セブンイレブンを探し出してでも、「近畿まほろば総体記念 元気に応援!弁当」を買いたいものだ。「想いの詰まった弁当」だから。
「奈良県立磯城野高校」公式サイト
「第1回サッカー検定」が「スポーツ学検定試験実行委員会」主催により、9/5(土)に実施される。「サッカー検定」とは、サッカーの歴史、記録、ルール、などサッカーに関するジャンルについて、その知識を問う公開検定試験だ。第1回、第2回は、4級・5級について実施される。
「サッカー検定公式テキスト2009-2010」が、6月に刊行された。サッカーの読み物としても面白い。サッカーは、「する」だけでなく、「みる」「ささえる」ことも含まれる。この本を一読すればもっともっと、「指導」という観点からではなく、「みる」「ささえる」という者の視点からも、サッカーの奥深い「文化」を知ることができる。
「サッカー検定試験」の練習問題が掲載されていた。4級を例にとると、
1 国際サッカー連盟(FIFA)の傘下にはいくつの大陸連盟があるのか?
① 4 ② 5 ③ 6 ④ 8
2 1980年代、ACミランの監督として攻撃的ディフエンス法である「ゾーンプレス」を実践し、ACミランの黄金期を築いた人物は誰か?
①ヨハン・クライフ ②アリゴ・サッキ ③フース・ヒディング ④リヌス・ミケルス
3 W杯の歴代得点王の中で、1大会の得点数が最も多いのはだれか?
①ゲルト・ミューラー ②ジュスト・フォンテーヌ ③ロナウド ④シャーンドル・コチシュ
解答 問1 ③ 問2 ② 問3 ②
「サッカー検定」公式サイト
著者:岡田仁志/発行:幻冬舎(2009.06)/定価1500円+税/P.233
「“キャプテン翼”にあこがれ、誰よりも純粋に“サッカーがやりたい”と想い続けた者たちは、まったく目が視えなかった。」
「情熱と感動のノンフィクション」
私は、全盲の聴覚障害者が取り組む「ブラインドサッカー」を観戦したことがない。この本を読みながら、目が視えない世界で、サッカーをするということを想像してみた。私は目をつぶる。暗闇だ。何も視えない。一歩たりとも、人の助けを借りなければ歩けない。まして、ピッチの中でボールを追いかけ、相手と競り合い抜き去り、ゴールを奪う。私自身は恐怖が先立ち、サッカーに取り組もうとチャレンジしないだろう。
しかし、彼らは違う。ハンディキャップをもろともせずに苦難に立ち向かい、乗り越えて行く。そのチャレンジする行為の原点は、サッカーを「したい!」「好きだ!」「面白い!」という気持ちが根底にある。視覚障害者スポーツ指導者の一人は言う。 「彼らはフィールドという非日常的な空間に入った瞬間に、不自由な日常から開放される。そこでは障害者ではなくなるんです。」と。
日頃、ハンディキャップを持たない子どもたちのサッカーゲームを見る。その光景は、もしかしたら、逆説的な言い回しをすれば、「彼らはフィールドという日常的な空間に入った瞬間に、不自由な日常のまま束縛される。」ように私には見える。「好きだ!」「面白い!」という思いを表現として現出するのが少ないように私には感じられる。
ハンディキャップを持ちながらも、「ブラインドサッカー」に果敢にチャレンジしていく姿に、感銘を通り越した、えもいわれぬ感情が心の中で渦巻いた。サッカーに取り組んでいる中学生年代の子どもたちに読んで欲しい一冊だ。君たちはほんとうにサッカーが好きですか?
「日本視覚障害者サッカー協会」公式サイト
7/22(水)、私の56歳の誕生日に、社会保険庁社会保険業務センターから「ねんきん定期便」が送付されていた。「あなた様のこれまでの加入記録をご確認いただくとともに年金制度に対するご理解を深めていただくことを目的として、年金加入期間や将来受け取る年金額の見込みなどの年金に関する情報を定期的にお送りしております。」と文言が記載されていた。
平成21年5月22日現在の年金加入期間、これまでの保険料納付額、老齢年金の見込み額が明記されていた。これまでの年金加入期間合計は、「385月」(31年1ケ月)、これまでの保険料納付額は、「6,962,995円」だった。
今、私が退職して65歳になった時の公的年金額は、「813,700円」と明記されていた。月換算すれば、「67,808円」となる。以降、定年まで保険料を払い込み続けたとしても、年金額が今より急激な増加を見込める訳もない。現実はしっかりと受けとめて置かざるを得ない。
7/22(水)21:58 信州にいる息子から携帯に電話が架かって来た。日頃は、私から、また息子からも電話のやりとりはしない。携帯メールなど論外だ。なぜ? お互いにメールアドレスを知ることもないから。今晩、久しぶりに息子から電話が架かった。「誕生日やから?」 と。
私の56歳の誕生日の夜に、息子が電話などを架けてくる必要もないと思いながら、ちょっぴりと嬉しくもあることは事実だ。「ケガはしていないのか?」と聞くと、「ケガはしていないけど、ちょっと、調子が悪い。」という。「お前は、いつも調子がわるいやんけ!」と言葉を返すと電話の向こうで、息子は私の冗談を受けとめていた。
「最終戦、新潟へ来るの?」と息子は私に聞いた。AC長野パルセイロが最終戦に消化ゲームのような状況になれば、誰が、まほろば奈良の地から遠路はるばる越後の地まで、高価な資金投入をして出向けることができるのだろうか?
今週末、ホームグラウンド南長野で、AC長野パルセイロがツエーゲン金沢戦に勝利し、同日、Japan SC 対 松本山雅FCが引き分けた場合、最終戦、新潟で、AC長野パルセイロ対Japan SCの勝者が北信越フットボールリーグの覇者となる。その場合には出かけるかもしれない?と私は答えた。
今日、氏神様「御幸森天神宮」へ出かけ、そこで、息子が所属してきたクラブの魂闘を願い祈ったことを息子に伝えた。もしかしたら、息子は心の中で笑止しているのかもしれないが、一人の父親としてのささやかな想いなのだ。わが56歳の誕生日に、AC長野パルセイロの魂闘を心から祈念する!!
「AC長野パルセイロ」公式サイト
本日、7月22日は、私の56歳の誕生日だった。職場は早帰りとなっていたので、17:30に職場を出た。近鉄鶴橋駅で降りて、徒歩15分、私の氏神様である「御幸森天神宮」へと出かけた。深い意味合いもない。私は自慢ではないが信心深くもない。実家は真言宗であるが、その教義を熱心に信心することもない。神社にお参りするといっても、神道に帰依してるわけでもない。
私がこの世に生まれて、祖父母・両親がお宮参りをし、すこやかにに育つことを願ったその地に、誕生日近くに毎年訪れたいと願い実践し続けている。それが、唯一の祖父母・両親に対して、かつて愚鈍で親不孝であったかもしれないが、今、確かにまじめに生きているという私の証を示したいがために。
「御幸森天神宮」は、夏の夕暮れ時の静かさが漂っていた。境内に佇みながらゆっくりとした時を過ごした。昨週は夏祭りだった。行きたしと思えど行けなかった。世のしがらみの中でその夏祭りに出かけることができないでいる。毎年、遅れてその地を訪れる。遅れてきた少年、または青年なのだろうか? その地にいると安らぎを感じることは事実だ。
誕生日の夜に、56歳の愚鈍なる者は氏神様へ願い祈った! わが大切な子どもたち三人の幸せ、妻の健康、ソレステレージャ奈良2002・奈良育英校サッカー部・中京大学体育会サッカー部・AC長野パルセイロ、それぞれの魂闘を。
7/19(日)鼓阪北小学校で、奈良市サッカーフェスティバル大会の第4位順位トーナメントの決勝戦を観た。わがクラブは敗れ、そのゲームには出場できなかったし、選手が観戦をしている様子もなかった。私はテントの中で、ひとり興味深いゲームを観た。それは自分自身の過去から積み重ねた直感だった。
その直感は当たった。ゲームの勝ち負け云々はどうでも良い。ただ、そのチームの子どもたちが、どのようにゲームに望むのか? ピッチ内外の姿をじっくりと観ていた。 結果はうまくいかなかった。だから負けた。しかし、そのことは私には別に気にはならなった。子どもたちは局面でいいプレーができてはいたが、総合的な結果には結びつかなかっただけだ。それよりも、そのチームが素敵だったという想いが心の中に残った。何が素敵なのか?(つづく)
(昨夕、つづきを書こうと思ったが、わがパソコンの無線ラン接続に、突然トラブルが生じてしまった。インターネットに繋がらない。パソコン無知派は、全力をつくして修復を試みたがどうしても繋がらなかったので昨晩は諦めた。7/21(火)夜、ランケーブルで繋ぐと接続できた。応急措置で昨晩のつづきをやっとのことで書記すことができる。)
ハーフタイムとなった。選手たちはそのチームのベンチへ戻って来るなり、指導者の指示もない中で、ベンチ後方で、子どもたちだけで集まって前半の反省ををしている。ふと、グランド中央センターサークルに目を向けると、次の子どもたちがすでに集まり、後半のゲームがすぐにでも始まらないかなという雰囲気でボールと戯れていた。前後半で入れ替わった。一人だけベンチに座っていた老齢の指導者は、ただグラウンドを見ているだけ。前半のゲーム展開の中でも、指示少ない姿が際立った。
後半も、指導者の静かさと反比例するかのように、子どもたちには躍動感があった。うまくいかなかったのかもしれないが、ゴールへと向かうチャレンジする姿に好感を抱いた。周りからも自然と声が出ていた。指導者が口をつぐんでいる静かさの中で、子どもたちの声がよく聞こえた。何が素敵なのか? 子どもたちが自分たちで、「サッカー」をしていたそのことた。
帰り際、そのチームの一人の子どもに声をかけた。「今日、この会場へ、車で来たの?」 その子は私に堂々ときっぱりと言った。「電車とバスを乗りついできました!」。大阪の北部の地から、奈良市内までの行路を聞きはしなかっが、電車とバスを乗り継いで来たことを確認できたことで、私には充分だった。ゲームの結果として勝とうが負けようが、それは些細なことだ。その子どもたち、そしてそのチームの前途の明るさを思い描いた。オフ・ザ・ピッチはオン・ザ・ピッチへと繋がっている。高槻FCジュニアのより一層の健闘を祈る。
7/18(土)朝日新聞朝刊スポーツ面の下部に掲載されていたサントリーの広告を見た。「日本で輝く、世界で輝く“ザ・ジャパニーズ・ゴールドピープル”のひとりが紹介されていた。そのヘッドコピーは、 「最初のひと振りで、演奏者を動かす。世界のどこで振っても、そうやっています。」
また、その広告文の中で、「音と音の間に潜む、何か。音の行間。それを感じられることが日本人的なのかな」という指揮者・西本智実さんの言葉が記されていた。その言葉から、私は、大学生だった頃に聞いた、わが国を代表する現代作曲家・武満徹の代表曲「ノヴェンバーステップス」という尺八と琵琶の曲を思い浮かべた。
9月に、指揮者・西本智実さんは、大阪・シンフォニーホールでマーラー「交響曲第5番」を演奏されるという。その曲から、私はかつて観た、映画監督・ルキノ・ビスコンティの「ベニスに死す」を思い浮かべた。その作品は、ドイツの文学者、トーマス・マンの同名の小説の映画化だった。
老作家・アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)、美少年・タジオ(ビョルン・アンドレセン)が印象深かった。老作家が美少年を追い求める。それは、「美への殉教」の表現だった。その作品の中で、マーラー「交響曲第5番」が流れ続けていた。「美」に魅了され惹きつけられれば、「美」の恐ろしさにたじろく。
新聞広告の写真で、西本智実さんが右手にグラスを持ち、左手でタクトを振るかのように指を動かすしぐさを見ていた。時の移り変わりはあるのだろうが、私が見た大阪市東成区「大成通商店街」の光景を恐らく彼女も見たのであろう。その光景は、今も彼女の脳裏の片隅に少しでも残存しているのだろうか? そのような他愛もないことを思い浮かべた。サントリー「山崎」を飲んでみたい気分になった。西本智実さんのよりいっそうのご活躍を祈り願う。
「指揮者・西本智実」公式サイト
7/28(火)「2009近畿まほろば総体」まで、あと「9日」となった。「総合開会式」入場証が自宅に届いていた。第三者にとって、その入場証はただの紙切れにしか過ぎないのかもしれない。しかし、少なくとも私にとっては価値あるものだ。
奈良市において、全国規模の総合開会式が開催されることは、私が生きている間に、確立的には少ないかもしれない。そのような想いをあって、青春真っ只中の高校生が、「総合開会式」で奈良市・鴻ノ池陸上競技場を行進する光景を観ることができるのを、子どもの頃の「もういくつ寝るとお正月?」という気分で、ほんとうに楽しみにしている。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
7/15(水)午前、定期健康診断を受診するため、大阪・堺筋本町近くのセンターへ出向いた。一連の検査を受け終わり、職場への帰路、まっすぐに帰るのも一興がない。本町橋のほとりの「濱田屋」でアメリカンコーヒーを飲み、横堀川の水面を眺めていた。
レジで勘定を済ませようとしていると、「東横堀水辺新聞」が立てかけてあったのが目に入った。無料だとわかりその小冊子を手にとった。職場へと戻る地下鉄の中で読んだ。街中でも、何かを変えて行きたいという行動が実践されていることに、文化を継承してゆこうという想いに感銘を受けた。
「e-よこ会」公式サイト
「濱田屋」公式サイト
著者:村松尚登/発行:ランダムハウス講談社(2009.05)/定価:1400円+税/P.237
【コンテンツ】 スペインのサッカーは何が違うのか?/育成に関する違い/FCバルセロナと日本の違い/戦略的ビリオダイゼーション理論とは/日本がワールドカップで優勝するために/ほか
スペインで、どうして「日本人はサッカーが下手と言われるのか?」。どうすれば、それを克服できるのか? 12年にも及ぶスペインでの指導体験がある現FCバルセロナ・スクールコーチが書き記した、私にとって興味深い本であった。
「日本人はテクニックやスピードはすばらしいがサッカーは下手」だというのが、多くのスペインの人々の評価だと言う。「速くプレーしようとし過ぎて空回りしている。焦らず落ち着け。サッカーはもっと賢くプレーするものだ」と著者はスペインの人々に諭されるようだ。
スペインでは、「サッカーの基本とは?」、決して「テクニック」ではなく、「駆け引き」「賢さ」だという価値観が存在し、ジュニアからトップまで、選手・コーチ・観客・保護者はそのことを要求するという。意外と、その視点はわが国にはあるようで少ないかもしれない。それは南米でいう「マリーシア」(ずる賢さ)に通ずるのだろうか?
上手、上手でないという判断基準は、「テクニック」だけでなく、「賢さ」「駆引き」「勝負勘」が含まれている。その大切なものは、何によって育まれるのだろうか? ゲーム形式の体験しかないのだろう。1対1、2対2、4対4とのスモールゲーム、その延長線上としての8対8、11対11、その中で、体験として学ぶしかないだろう。著者は言う。「リーグ戦文化」を築いた中で、「サッカーはサッカーをすることにより上手くなる」と。
「スポーツナビ・プラス」Webサイト
7/18(土)夜、奈良市少年サッカーフェスティバル大会懇親会に参加のため、奈良市法蓮町にある「春日野荘」へ出向いた。私が気にとめている若い指導者に逢えた。なぜ、気にとめるのか? 答えは、私の高校サッカー部のはるかはるかの後輩だから。元気にしているのか? がんばっているのか?を私は気にとめつづけている。
日頃、話す機会もなく、酒を飲むこともない。、ほんとうは、電話でもして逢い、話を聴きたい気持ちは多分にはあるが、根っからのシャイな私にはその勇気がない。「元気にしているのか? がんばっているのか?」と聞くと、「はい!」という答えが返ってきた。私は少しばかり安心した!
奈良で顔を合わす機会が少ないにも関わらず、幾年か前、はるか離れた東京、後楽園近くのビジネスホテル、その大浴場で夜遅く偶然にも会ったことは、今も私は忘れられない。何かの「赤い糸」なのだろうか? 昨晩、その若い指導者と会話を交わしながら、ふと、その日のことを思い出した。わが息子と同じ年頃のその若い指導者の奮闘を心から祈っている。
「春日野荘」公式サイト
7/17(金)、奈良国立博物館は同館PR役となる文化大使に、「仏像ガール」こと広瀬郁実さんを選任した。彼女は若い女性の仏像ブームの火付け役となった。仏像は中高年以上の特殊な想いの対象であったと誤解されている状況から、仏像の魅力を若者へ伝播させたことは余りにも個性的で素敵なことである。「自分の言葉で仏像のすばらしさを語れ、若い人にアピールしてもらえる」というのが、奈良国立博物館側の選任の根拠だ。ご活躍を期待している。
「仏像ガール」Webサイト
7/13(月)夜、大阪市西区・京セラドームで、アメリカのフォークデュオのサイモン&ガーファンクル(S&G)のコンサートが行われた。40歳~60歳代を中心とした35,000人が、その音楽に酔いしれた。日本公演は16年ぶり、大阪公演は27年ぶりになるそうだ。
S&Gは、1960年代後半~1970年代前半、透明なハーモニー、メロディ、詞で、その当時の若者たちを魅了した。私もまたその中の一人だった。混沌とした若者たちの叛乱も終息に向かう中、その音楽は、多くの若者たちの心を癒した。
このアルバム名の一曲目は、「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋)という素敵な曲だ。1964年、ポール・サイモンが作詞・作曲した代表曲で、静けさと透明感が漂い、歌詞が心にしみる。その当時も、今も。
君が疲れて、しょげているなら
瞳に涙があふれているなら、僕がすべてふいてあげる
君のそばにいるんだ、辛い時だって
友達が近くにいなくても
荒れた海にかかる橋のように
僕が体を横たえるから
7/15(水)朝日新聞朝刊によると、サッカーの南アフリカW杯に出場する日本代表選手が、「精神面のサポート」を目的として、大会期間中のキャンプ地で家族と同宿することが容認された。同宿を認めるのは、妻、子、親、兄弟、祖父母となる。選手から希望を募るという。旅費・滞在費を協会がどこまで負担するかは今後検討するという。
W杯ベスト4、目標必達をめざしたメンタルケアの一環として、そのような手法がとられるのだろう。40日間という長期間、家族と接することができないストレスが生じ、プレーに支障をきたすリスクを回避するのだろう。是非論はともかく、時代はいたれりつくせりの環境が創出されつつある。
JR鶴橋駅で、「やまとびと 夏号」を手に取った。無料のフリーペーパーだが、魅力ある記事とグラビア写真が素敵だ。夏号特集記事は、「神々の降る里 かつらぎ山麓紀行」だった。
自宅への帰路の電車の中で読んだ。冒頭記事の映画作家・河瀬直美さんの「桜井好日」を読みながら、今、注目の「著墓古墳」が「卑弥呼」の墓であるならば、桜井周辺は、「倭(やまと)」の原初の地なのだろうと思い描いていた。
私にとって、奈良県内で興味を抱かせる地は、吉野、十津川、歌姫周辺の古墳、そして、大和三山周辺になるのだろうか。最近は急激に、桜井・三輪の地が、強烈な興味の対象として私自身に焼付けられてきた。
「やまとびと」Webサイト
7/12(日)奈良市長選挙が行われ、新人・仲川元庸さん(33)が市長に選出された。県議・市長・国会議員を歴任し政治経験豊かな鍵田忠兵衛さん、市議として堅実な活動を続けてきた小林照代さんを抑えて、画期的な勝利をつかんだ。過去県内最年少、全国でも2番目の若い市長が誕生した。変化や変革をあまり好まない保守土壌としては大きな転換点となる選挙だった。
30~40歳台の無党派層を主体として、各年齢層が、過去・現在の奈良市政に対しての閉塞感を踏まえて、その情況打破への願いが、新しい風を吹かせたのかもしれない。政治的経験を豊かに積んだ人々でさえ、奈良市によりよい変化を生じさせることはできなかった。仲川元庸さんの政治的手腕は未知数である。
市議会との協調という難題が眼前に存在する。マニフェストの実行により、奈良市に新たな変革の礎を創り出して欲しいと願う。その結果によっては、次選挙では厳しい審判が下されることもありうる。今選挙の初心であるチャレンジ精神を忘れることなく、難局に立ち向かうことを期待し、奈良市が変革されることを希望する。
7/18(土)から、特別展「聖地 寧波(ニンポー) 日本仏教1300年の源流」~すべてはここからやって来た~が奈良国立博物館で開催される。中国の港湾都市・寧波(ニンポー)は、日本と中国を結ぶ海上交通の拠点として発展してきた。遣唐使の時代以来、多くの僧侶たちが日本から巡礼に訪れた地である。
わが国は海の彼方である中国・朝鮮の影響を受容し、自らの独自な文化を形成してきた。日本仏教の1300年の源流をたどる展覧会だ。
「奈良国立博物館」公式サイト
太陽は美しく輝き あるいは太陽の美しく輝くことを希ひ
手をかたくくみあわせ しずかに私たちは歩いて行った
かく誘うものの何であろうとも 私たちの内の
誘わるる清らかさを私は信じる・・・・・・・・・・・
(わがひとに与ふる哀歌/伊藤静雄)
「日本浪漫派」の代表的な詩人・伊藤静雄(1906~1953)が詠った詩の一節である。何かに誘引されて、本棚の分厚い一冊を取り出してページを開いた。黄ばんで破れたパラフィン紙が、永年、本棚に忘れられて見向きもされず、放置され続けていた証なのだろう。償いの意味を込めて、太陽の下で、その本を写真に収めた。
「定本 伊藤静雄全集」 昭和49年11月(1974)重版発行、定価4800円となっている。余りにも高価であった。35年前、私が20歳、大学生の頃、大阪市・福島区にあったシルクスクリーン印刷工場でアルバイトをして得た収入をつぎ込んで買った。おそらく大阪・梅田の旭屋書店だったと思う。
恋歌である。かつて、はじめてその詩を読み、確かに、詩人・伊藤静雄に惹かれた。今、その詩を読んでも同じ想いだ。忘れてはならない「清らかさ」を、消え去ってゆく危うさに怖さを感じながらも、ずっと胸に刻み続けていたい。
著者:吉見良三/発行:㈱淡光社(1998.10)/定価:3000円+税/P.456
「紙無ケレバ、土ニ書カン。空ニモ書カン。」「保田與重郎の生涯」
【コンテンツ】 紙無ケレバ/生家/国のまほろば/日本浪漫派/美へのかけ橋/鳥見のひかり/偉大な敗北/帰農/別れの賦/ほか
この本は、1995年3月~1997年11月、奈良新聞で週1回連載されていたものに加筆され、単行本として出版された。奈良新聞に連載時に興味を抱き読んでいた。14年前になろのだろう。素直になぜ? 今どうして?という疑問が湧いていながら読み進んでいた。単行本化され、すぐさま購入した。
著者は、保田與重郎を避けてきたという。「右翼の民族主義者」「日本を敗戦に引きずり込んだ分子」という戦後のジャーナリズムの一般的評価を疑念もなく受け入れてきたと書き記していた。保田與重郎は、「滅びの美学」「散華の思想」の信奉者としてのレッテルを張られたまま戦後を生きた。
著者が定年の後に、保田與重郎を読む気になり、読み進むにつれ、戦後知識人が断罪し、封印したその姿に違和感を抱き、今一度、見直す必要があるのではと、渾身を込めて執筆された価値ある一冊だ。
「紙無ケレバ、土ニ書カン。空ニモ書カン。止マルトコロ無ケレバ、汝ノ欲スルママ、風ノマニマニ吹カレユケ。・・・・・」 (保田與重郎)
「グローバリズム」という世界的趨勢のなかで、その行き詰まりとして「ナショナリズム」が各地域で噴出している。わが国も例外ではない。「日本回帰」という情況が現出していることは事実だ。私は、「国粋主義者」や「ナショナリスト」でもないが、今一度、保田與重郎、「日本浪漫派」を呪縛された視点から離れて、いかに評価するか、しないかを見つめ直しておかなければならないと思う。
「東京ブラススタイル」という11人のガールズ・ブラス・ユニットが活躍している。ジャズ。ロック、スウィング、ラテンなどの曲をブラスバンドスタイルにアレンジして、パフォーマンスで魅了し大人気を博している。
わが国の小中学校での文化会系部活動の中で、最大級の人数を誇るのが、「吹奏楽部」だ。高校部活のスポーツ大会の応援に、「吹奏楽部」はつき物である。高校野球、高校サッカー、高校駅伝しかり。「吹奏楽部」は文化会系に属するのであろうが、私にはどちらかといえば、体育会系のように感じている。まさに肉体を酷使する。
「東京ブラススタイル」は、「放課後プロジェクト」を実施している。全国各校の吹奏楽部を訪れ、演奏したり、楽器の指導を通じて、音楽の楽しさ、プロへの夢を育む、最後は合同演奏、素敵な体験プロジェクトだ。素直に書き記しておけば、私は楽器など演奏できはしないが、「吹奏楽部」が大好きなのだ!
「東京ブラススタイル」公式サイト
7/18(土)~20(月・祝)、日本地ビール協会主催の「ジャパン・ビアフェスティバル大阪」が、大阪市西区・京セラドーム大阪で開催される。約50社140種類以上の地ビールが出展される予定だ。
入場料は当日4300円、地ビールが飲み放題となる。今回で12年目となる。毎年、出かけてみたいという気持ちが湧いては来るのだが、残念ながら実現できてはいない。今年もまた出かけることはできない。
「日本地ビール協会」公式サイト
大阪市西区・九条から西梅田にある「ジュンク堂書店」へ本を買うために寄り道した。地下街を歩くのは閉塞感があって余り好きではない。それより暑かったとしても太陽を浴びながら地上を歩きたい。もうひとつ高い場所に立ちたいというのが、私の変な性向だ。
梅田阪急百貨店前の歩道橋を渡った。地下や平面の地上を歩けば労力も少なく快適であるはずた。でも、その歩道橋を渡った。遭遇した!歩道橋の上で若者たちがストリートライブをしていた。グループの名は「楓」(かえで)というようだ。
室内のライブコンサートのように特定の若い観客が来ている訳ではなく、通りすがりの者たち、年齢・性別はさまざな人々が耳を傾けていた。仲間たちはチラシを配布していた。私もまた、一観衆として立ち止まりしばらくの時間、彼らの音楽を聴いていた。
ライブコンサートではもっと派手なメイク・衣装で演奏するのだろう。ストリートライブはおそらく彼らの「自然なありのままの姿」が表現されている。聴いているのか、聴いていないのかわからない、通りすがりの者たちに、一生懸命に彼らの想いを伝えようとしていた。
自分たちが、何を伝えたいのかにこだわれば良い。第三者が若さの未熟さを指摘しても、気にすることはない。歌え!叫べ!素直な自分自身であれ!きっと自分自身も変わり、周りをも変えていくことの希望が見えてくるはずだ。頑張れ!頑張れ!!
7/28(火)「2009近畿まほろば総体」の総合開会式が、奈良市鴻ノ池陸上競技場で開催される。当日、14,000人余りの参加者が見込まれている。7/11(土)奈良新聞紙上で、「開会式は徒歩で来て」「団体バスは乗り入れなし」という記事が掲載されていた。
奈良市鴻ノ池陸上競技場へは、南北に伸びた一本の道路しかない。開会式は10:00、来場は7:00~9:00に集中する。道路は混雑・渋滞することは間違いない。実行委員会は当日、バスの乗り入れを断念した。ただ、遠隔地で宿泊している選手団、公開演技の出演生徒はバスで送迎するが、ただ、開会式会場までは運行せず、約1キロ離れた降車場までとなる。
7/28(火)午前、私用、仕事でその周辺を車で通過することを自粛しておいた方がよい。当日、その周辺は、いろとりどりの徒歩軍団で賑わうのであろう。日頃、遭遇することがない光景が展開されることは、ちょっとした楽しみだ。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
7/11(土)朝、大阪市内へ所要のため出かけた。その所要を済ませて、午後、大阪市西区・九条にある「シネ・ヌーヴォ」で、映画「浪漫者たち」を観た。
私は、「シネ・ヌーヴォ」という映画館が大好きだ。こじんまりとして芝居小屋のような雰囲気がある。商業的映画館では取り上げられない価値ある作品を数多く上映し続けている稀有な映画館だ。
「浪漫者たち」という映画を観たいと思ったのは、ポスターに掲載されていた「青春紀行」「三輪山」「ゲーテ」「大和」「日本浪漫派」という言葉だった。特に「日本浪漫派」という言葉は、少数の人々しか知らない。それが、なぜ今?という素朴な疑問が、よりいっそう興味を抱かせた。
日本的なものに憧れを抱く、俳優である一人の若者が「やまと」「三輪」を旅して、昭和初期の文学運動「日本浪漫派」、大和・桜井で生まれ育った文学者・保田與重郎(やすだ よじゅろう)を知り、最後に、くじけない「浪漫者たち」の魂を独白する。「浪漫者」は、「青春のさまよい人」なのだろう。
三輪山、大神神社、桧原神社、狭井神社など、やまとまほろばの風景が、映像として、たおやかに美しく描かれている。日本的象徴として、「能」「謡曲」「茶道」が作品の中にちりばめられている。 「日頃使わない“まほろば”という言葉が頭に浮かび、自分が日本人であることを内面から認識させられる。これがわれわれの原風景なのだと。」と、かつて著名な文部官僚であった寺脇 研 氏(京都造形芸大教授・映画評論家)が、映画のプログラムの中に記していた。
文学者・保田與重郎は、戦前・戦中の言動に対して、戦後、「国粋主義者」「戦争の賛美者」と位置づけられ封印された。戦後のその評価がほんとうに正当なものであるのだろうか? この映画の中では、保田與重郎は肯定的にとらえている。
「三輪山の懐を母の胎内として育った私は、その霊気と保田與重郎氏の言霊の妖気とが渦巻く潮の中で、・・・・・・ 張り裂けそうな青春であった。今、このような映画が生まれたのには驚いた!多くの示唆に富む映画だ。」と奈良・桜井で育った舞踏集団「大駱駝艦」を主宰する麿赤児(舞踏家・俳優)は一文を寄せている。作家・三島由紀夫を追慕した田中千世子監督の渾身の共感を抱く作品だった。
「浪漫者たち」公式サイト
「大和桜井フィルムコミッション」公式サイト
「シネ・ヌーヴォ」公式サイト
「大駱駝艦」公式サイト
明日、7/12(日)は奈良市長選挙・奈良市議会議員選挙が行われる。私の存じ上げている若者二人が出馬している。仲川げん氏(33歳)が市長選、柿本元気氏(30歳)が市議選へ、二人の若者のチャレンジ精神に敬服している。彼らは「浪漫者たち」なのだろう。
時代は閉塞感が漂い、さまざまな領域において大きな転換点を迎えていることも事実だ。「変わる」ことを待つだけでは、社会は「変わらない」。「変えよう」と思い実行に移したときに、初めて、社会は「変わる」。いつの時代も「若い力」が変革の旗手になってきた。そのことは今も同様だろう。
私は「若い力」に想いと希望を託す。二人のご健闘を心から祈念している。
「歌/国民体育大会歌・“若い力”」Webサイト
スペインの名門サッカークラブ「FCパルセロナ」が福岡県春日市で、9月から園児・小学生対象の常設サッカースクールを開設する。名称は「FCB Escola 福岡」。6~12歳の子どもたち200~300人を募集している。
福岡県営春日公園球技場を会場として利用する。「FCパルセロナ」側が、使用できる「天然芝競技場」を探している中で、福岡県が誘致に動き実現した。「FCパルセロナ」の世界戦略の一環なのだろう。スポーツの世界でも時代は大きく変化してきた。
「FCB Escola 福岡」公式サイト
「福岡県営春日公園球技場」Webサイト
監修:町田忍/写真・文:松本康治/発行:戎光祥出版(2009.05)/定価:1500円+税/P.135
わが国の庶民文化の象徴である「銭湯文化」が消失しつつある。町の「銭湯」が時代の趨勢とともに激減している。その中でも、文化財的な「クラシック銭湯」が、今なお営業を続けている。
この本は、関西地方のレトロな銭湯を紹介している。その写真を観ただけで、湯船につかった時のようなほっとした気分になってしまう。
「関西の名銭湯」Webサイト
著者:東 由多加/発行:講談社文庫(1981.12)/P.192
【コンテンツ】 「天井桟敷」からの」逃走/三十すぎは信じるな/漂流日誌/さくらんぼユートピア顛末記/矢吹ジョーとロッキー/寺山修司論/劇場の中の青春/ほか
最近、私自身の外見は衰えつつある。それに反比例するように、不思議なもので、心の持ち方は、良いのか悪いのかはっきりと自分自身では判断できかねるが、意識、精神は、あの時へ戻りつつある。いや、戻っている。
表紙がぼろぼろになり、ページが黄ばんだ文庫本を本棚から取り出し拾い読みした。1960年代後半、ミュージカルで世界を駆け巡った「東京キッドブラザース」の主宰者・東由多加氏の青春の記録だ。
「ぼくは自分の中に、60年代後半の精神が今なお色濃く痕跡をとどめているのではないかと思う。一人の人間がひとつの時代気分から抜け出られないということは、どういうことであろうか?」
著者は冒頭でその言葉を書き記した。その一文は、私を今も惹き続けている。この文庫本をぼろぼろになりながらも捨てきれずにいる理由がその言葉にある。
「60年代の後半から若者たちを駆り立てていたものは、明らかに現実原則を否定した、ロマンチシズムの香りがたちこめる「愛と平和」のための戦いだったと思う。それがいかに大人達から楽天主義のそしりを受けようが、・・・・・・時代の変革に情熱を捧げていた。」
私は、「その時代」、変革に情熱を捧げてはいない。ただ、、「その時代」の雰囲気の中で私の青春期を過ごしたことは事実だ。私にとっての「疾風怒涛の時代」だったと、今振り返ればそう思う。まじかに56歳の誕生日を迎えようとしている今宵、18歳の時に抱いた「疑問」に対して、問題解決できてはいない自分自身が存在している。
「東京キッドブラザース ファンサイト」Webサイト
今日、奈良市役所で14:30から開催された、「奈良市スポーツ振興審議会小委員会」に出席した。審議案は「市営プールの今後について」、奈良市の財政事情から二つの市営プールの存続についての審議だった。その審議内容については記載しない。
ただ、私が素直に感じていることは、「スポーツ振興」という国の施策に対して、奈良市は確かに実践しようとはしてはいるが、それはあくまでも、国が方針を出しているから、他都道府県が実践しているから、わが市も遅れずにという受身的な行動でしかないのかもしれない。残念ながら、「スポーツ振興」に関してのわが国の方針にそった、主体的、抜本的な改革を試行する雰囲気ではない。
夕刻、二名中学校へ寄った。校長先生へご挨拶に伺った。以前から気になっていた。もっと早くお伺いすべきであったのだが、平日、時間が取れなかったことは事実だった。お会いしてお話を聴いていただいたことだけでも有意義であったのだろう。
登美ケ丘北中学校へ出向こうと思ったが、二名中学校から徒歩で行かなければならない。時間が掛かりすぎる。やむなく伺うことができなかった。残念である。平日に気兼ねなく、もっともっと行動できるような生活ができればと、ちょっぴりとした「憧れ」を感じている今宵である。
7/8(水)日本経済新聞朝刊文化面に掲載されていた「原爆症の妻を撮り続けて」を読んだ。執筆者は川本昭人さんだ。妻が原爆症を宣告されて後、41年間、その姿を映し続けている。その作品が、映画「妻の貌(かお)」としてまとまられ上映される。
「ささやかな幸せに包まれ、私たちは人生を歩んできた。だが時折、静かに流れる日々の暮らしに黒い影が差す。妻は原爆症だから。」 その一文の言葉は重い。41年間、8ミリビデオ、ビデオ等で映し出そうとした想いとはいかなるものだろうか?
私は 幾日か前、映画「妻の貌(かお)」が上映されることをプログに掲載した。
「家族に迷惑をかけないように、いつも黙って耐えていたキヨ子。ある時、私が向けたカメラを見据えて叫んだ。“戻してちょうだい。私の人生を”。本音だったと思う。」
その言葉を読んだ時、正確に書記せば、「観たい!」という希望ではなく、「観るべきだ!」 「観なければならない!」という義務感が私を襲った。
「妻の貌(かお)」公式サイト
7/7(火)、七夕の日、日本経済新聞夕刊の文化面の記事、「岡林フォークに若者 共感」を読んだ。 1960年代末、若者たちにとって「フォークソングの神様」として岡林信康(62)は存在した。40年を経て、今再び脚光を浴びている。「暗い社会情勢の中、若者たちが明日を模索する歌詞に共鳴し、音楽の新鮮さに心を動かす」そのような状況が共感を生み出している背景にあるという。
久しぶりに、岡林信康の復刻盤「私を断罪せよ」を聴いた。1969年に録音されたことははっきりと明記されていた。1992年、私が38歳の時に復刻された。私がそのCDアルバムをいつ買ったのかはっきりとしない。そのCDアルバムが我が本棚の片隅に存在するということは、その時、岡林信康の歌を聴きたいと思い買ったことは確かだ。
「くよくよするのはもうやめさ 今日は昨日を超えている」 (今日をこえて)
「暗い手紙になりました。だけど、私は書きたかった」 (手紙)
「それで自由になったのかい それで自由になれたのかよ」 (それで自由になったのかい)
「あいつにあったなら あの世で二人また旅に出よう」 (ランブリング・ボーイ)
「友よ この闇の向こうには 友よ 輝く明日がある」 (友よ)
岡林信康の歌は、間違いなく、その時代をはっきりと映し出した音楽であることは間違いない。今晩、「私は断罪せよ」というCDアルバムを聴きながら、岡林信康、本人が彼自身をどのように判断しようがしまいが、1960年代末を象徴するシンガーであったことは、大袈裟かもしれないが、まさに歴史的事実そのものだ。「友よ」という歌を叫び歌っていた青臭い、純情なあの頃を、今、思い出した。
【1回戦】
8/2(日) 橿原公苑陸上競技場
10:00 奈良育英高校 対 東海学園(愛知)
【2回戦】
8/3(月) 橿原公苑陸上競技場
10:00 一条高校 対 東福岡高校(福岡)・徳島商業高校(徳島)の勝者
「2009近畿まほろば総体」のサッカー競技の組合せが決定した。1回戦、奈良育英高校は、愛知県代表の東海学園と対戦する。一条高校は2回戦からの出場となる。福岡県代表の東福岡高校と徳島県代表の徳島商業高校との勝者と対戦する。奈良県代表、奈良育英高校、一条高校両チームの健闘を心から祈っている。
「全国高校総体(サッカー)組合せ/2009まほろば総体」公式サイト
「日本人の原点を発見する悠久の旅へ」「さあ、奈良へ」
「2009近畿まほろば総体」もあと20日余りに近づいてきた。日本の一番の夏を「まほろば奈良」で過ごそう。インターハイ観戦に少し疲れたなら、「やまと」の風を肌に感じてみよう。スローではなくアンダンテな時が流れている。
「いにしえ」として忘れられたものではなく、その風土と歴史は、古臭いものではなく、新たな未来への価値ある道しるべの香りが漂っていると感じる。
今年、「2009近畿まほろば総体」、来年は「平城遷都1300年祭」が開催される。明治以降の欧米礼賛主義の道を走り続けてきた今、大きな転換点にわが国が差し掛かっている時に、偶然なのだろうか、「奈良」が脚光を浴びつつある。この夏、原点への旅を!
うましうるわし奈良/JR東海」Webサイト
「奈良県ビジターズビューロー」が発行している無料の奈良観光ガイドブック「「知れば知るほど“奈良”はおもしろい 2009夏・秋号」を手に取った。無料ながら興味ある記事や魅力的な写真が素敵な冊子だ。
「古より育まれたよきものを歩き訪ねる。」「その音、舞い、風雅なり。」「大和で育まれた芸能のルーツを旅する。」
大和は、「能楽」の前身である「猿楽」発祥の地であることは知ってはいたが、観世座、金春座、宝生座、金剛座の「大和猿楽四座」の中の観世座、金春座にまつわる地が、田原本町、川西町だとは知る由もなかった。
金春座の伝承地が田原本町の「秦楽寺」(じんらくじ)、「市杵島神社」(いつきしまじんじゃ)。観世座発祥の地として川西町結崎に「面塚」がある。観阿弥、世阿弥が芸道に励んだ本拠地だと伝承されている。訪れたいと思っている。
「奈良県観光情報 大和路アーカイブ」Webサイト
「何歳になっても、いい夏休みを。青春18キップ」(パンフレットより)
いよいよ、私が一年で一番大好きな季節がやってくる。それは夏だ。特に私の誕生日、7/22~8/15までの期間は、私自身にとっての最高の季節だ。
今晩、「青春18キップ」のパンフレットを手にした。そのネーミングといい、その内容といい、心の琴線に触れる「JR」のヒット商品だと、私自身は思っている。
今年の夏のパンフレットの写真は、山口線・篠目駅近くの風景だった。毎回、パンフレットの写真を見ると旅情が騒いでしまう。鉄道はロマンチシズムを感じさせてくれる。
あと何年かしたら、もし、その時、まだ「青春18キップ」があれば、それを利用して気ままな旅に出かけるつもりでいる。「大人には、いい休暇をとる、という宿題があります。」(パンフレットより)
7/5(日)午後、体調芳しくなく、奈良県スポ少大会を途中で切り上げ自宅へ帰宅した。最近確かに体の変調をきたすことがただある。少し、自分自身では気になってはいる。
夕暮れ時、わが家の一室で、音楽を聴いていた。「ピアソラ名曲選~アストル・ピアソラ、伝説のライブ」(ビクター/2005)だ。そのアルバムの中の「リベルタンゴ」を繰り返し聴いた。私はアストル・ピアソラのその曲が大好きだ。「リベルタンゴ」とは日本語に訳せば「自由なタンゴ」となるのだろうか。
かつて、サッカーで「リベロ」というポジションがあった。最後尾で「自由に」動ける役割りを与えられた。ドイツのフランツ・ベッケンバゥアーがまさにそのものだった。サッカーの世界でも衝撃的な変革が生じたこともあった。既成概念からの自由を求めて。
アルゼンチンという国の民族音楽でしかない「タンゴ」にも大きな変革が生じた。アストル・ピアソラは、まさに、その「タンゴの革命児」なのだろう。 既成概念を打破しようとしたアルゼンチンが生んだ人間はと問われれば、「チェ・ゲバラ」、「ディエゴ・マラドーナ」、「アストル・ピアソラ」を、私は挙げてしまう。
アストル・ピアソラが絶頂期にあった1984年、生まれ故郷であるマル・デル・プラタのロキシー劇場での収録されたライブでの「リベルタンゴ」を繰り返し聴いた。アップテンポで演奏されている。どこか歯切れがよくまた情念的だ。故郷での演奏がそうさせているのだろうか?観客の拍手が私の耳に心地よく響いた。
「ならしみんだより7月号」の表紙は「2009近畿まほろば総体」で、特集記事が掲載されていた。奈良市では、陸上競技大会、レスリング競技大会、自転車競技大会が開催される。残念ながらサッカー競技は、奈良県中南部での開催となる。
総合開会式は、7/28(火)午前、奈良市・鴻ノ池陸上競技場で開催され、各都道府県の選手・監督・役員・式典参加者など約13,000人が参加し、マーチングバンドの演奏の中、選手団が入場する。その後、奈良県内の高校生1,300人による公開演技が実施される。当日の模様はテレビ放送される。
陸上競技(7/29~8/2)には5日間で約84,000人、レスリング(8/3~8/6)には4日間で約5,800人、自転車競技(8/1~8/3)は4日間で約7,300人が参加する。その期間中、奈良市内は渋滞が予想される。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
昨晩、娘から電話があり、京都から私の家の近くの賃貸ハイツに引っ越してくるという。その電話で、長野へのサッカー観戦計画はどうなっているのだろうか?と問いかけがあった。
当初は、7/26(日)ホーム・南長野JAPAN総合運動公園球技場での対ツエーゲン金沢戦を予定していたが、その日は母の四十九日のため観戦に出かけることはできない。
8/2(日)北信越フットボールリーグ最終戦は新潟市で、対JAPAN SC。8/15(土)~16(日)北信越社会人選手権もまたも新潟市。8/30(日)長野県天皇杯予選決勝は松本市、いづれにしようか決断に迷う。
昨晩、「長野」という言葉を聞いて、「発作マグマ」が噴出しだした。パソコンから写真を取り出した。5/16、信州・長野駅前にある「如是姫像」の写真だ。悪疫から回復した天竺(インド)の「如是姫」が、快癒に感謝して「善光寺如来」に向かい香花を捧げている姿である。
私は「如是姫」ではないが、AC長野パルセイロに感謝の気持ちを抱きつつ、北信越フットボールリーグ二連覇を、はるか西方のまほろば奈良・春日から、信州のさわやかな風を思い描きながら祈念している。
「AC長野パルセイロ」公式サイト
「AC長野パルセイロスペシャルリンクス」
監修:日本と東アジアの未来を考える委員会/編集構成:松岡正剛/発行:丸善㈱(2009.05)/定価:1800円+税/P.359
【コンテンツ】 いま何を構想すべきか/奈良と東アジアを編集する/日本と東アジアの300年を見る/日本と世界の未来を感じる/ほか
平城遷都1300年記念出版。全ページオールカラーの写真が満載されている。「私たちがいるのは東アジアの地中海」、日本と東アジアをつなぐ新たなヒントがそこにある。
「いま、世界とアジアと日本には、“多様性”と“統合性”をめぐるとてもよく似た問題群が、ほぼ同時に押し寄せています。」と問題提起され、「この本は、そうした世界とアジアと日本と奈良を切り離すべきではないという<NARASIA>(ならじあ)の視点から、都合1300年をこえる時空をまたぐ歴史と文化を、政治と経済を、事件と意匠を、展望したものです。」とこの本の中で記されている。図鑑のように興味ぶかい貴重なカラー写真のオンパレードに圧倒された。
今、時代は大きな転換点を迎えている。わが国の文化はアジアとくに東アジアとの悠久の交流の中で、独自的な文化の礎を築いてきた。しかし、明治以降という短い時の流れの中で、欧米との交流が、文化的流入の氾濫となり、物質的な豊かさを享受できているという利益を得ながらも、わが国の独自性ある文化を消失しつつあるような状況下に追いやったことはほぼ事実だろう。
来年は「平城遷都1300年祭」を迎える。平城京が遷都された時代を「奈良時代」という。西暦704年に、「日本」という国号が初めて用いられた。710年に平城京へ遷都した。その当時のわが国の人口は900万人で、概ねその時代に、「日本」の母型が形作られたという。
それ以降、わが国の時代区分でいえば、平安、鎌倉、南北朝、室町、安土桃山、江戸と続き、明治・大正・昭和・平成は「東京時代」と呼ぶにふさわしい時代を経てきた。閉塞感漂う時代の中で、現代の「東京時代」と対置して、かつてのわが国のはほろば「奈良時代」を見つめなおし、偏狭的なナショナリズムではなく、独自性をもった文化的な視点をもってアジア・世界へと繋げる視座を築く必要があるのだろう。
「NARASIA/㈱丸善」Webサイト
「平城遷都1300年祭」公式サイト
7/4(土)8:00 奈良市・鴻ノ池陸上競技場の静けさ漂う姿だ。7/28(火)「2009近畿まほろば総体」総合開会式の会場だ。今日の朝は、静謐な佇まいだが、当日は多くの人々で賑わう場所となる。
昨日、その開会式に参加するため、職場へ有給休暇願いを提出した。うきうき、わくわく、どきどき、子どもの頃の運動会前夜の気分になっている。
馬鹿げているのだろうか? 奈良でサッカーW杯開催地、オリンピック開催地になることができるだろうか、理想としては、わずかな可能性がゼロとはいえないのかもしれないが、現実的に見ればその可能性はすこぶる低い。
全国規模のスポーツの祭典では? 確かに、かつて「わかくさ国体」があった。それ以来のビッグイベントが、今回の「2009近畿まほろば総体」だ。もしかしたら、私の年齢を考えて場合、わが奈良で開催される全国規模のスポーツ祭典にめぐりあえるチャンスは少ないだろう。
今日、総合開会式が開催される鴻ノ池陸上競技場へ出向き、よりいっそうに、その日を待ちわびる想いが沸々と湧き出てきた。
「2009近畿まほろば総体」公式サイト
今日は、奈良市・鴻ノ池陸上競技場サブグラウンドで、奈良県スポーツ少年団サッカー大会が開催された。県内34チームが2ブロックに分かれ、南部は高田総合公園グラウウンド、北部は鴻ノ池陸上競技場サブグラウンドで実施された。
わがソレステU-12も参加した。U-12の大会ということは、6年生以下の大会であることを意味する。各チームは6年生だけではチームが編成できないので、下学年の子どもたちも同じピッチ内でボール追いかけ駆け巡っていた。わがクラブも同様で6・5年生の異学年編成チームだ。
今日のゲームの結果としての成績を書き記すつもりはない。昨週は市スポ少大会、今週は県スポ少大会、親善交流大会である。子どもたちが、サッカーを面白い、楽しいと思っているのかどうか、めちゃくちゃ好きかどうか、それが私の一番の興味だった。その萌芽は確かに存在する。めちゃくちゃ好きだとなれば、どんな苦難があったとしても撃ち勝っていくはずだ。あとは、子どもたちの自身の思いと指導者・保護者の環境づくりの問題なのだろう。
毎年、子どもたちを遠くから観ている。子どもたちが上手・上手でないという基準で、私は子どもたちの今を判断したくはない。もっと、もっと、ボールを友だちに!もっと、もっと、もっと、夢中になって! サッカーが、めちゃくちゃ好きだ! と叫べるようになって欲しい。というのが、ジュニア年代の子どもたちに対する私の本心、願いだ。子どもたちには、大人たちが思い描く以上の可能性が確かに存在する。
「家族を撮る。それは私の愛情表現です。」と、広島在住の82歳の映像作家が映し出した「ヒロシマ」と「家族の姿」。わが国は世界で唯一の「被爆国」である。「ヒロシマ」「ナガサキ」の悪夢から64回目の夏がやってくる。
被爆した人々にとって、その「記憶」は消えることはない。しかし、被爆しなかった人々にとって、それは「亡失」されつつあるのだろうか? 「ヒロシマ」「ナガサキ」のあの日のことは永遠に語りつながれなければならない。わが妻の母も、あの日「ヒロシマ」で被爆した。この夏に観て見たい映画だ?
「妻の貌~」公式サイト
1ヶ月前、6/6(土)信州・長野からメールが届いた。自称「生粋のパルセニスタ」(長野パルセロナファン)の男性の方からだった。恐らく30歳代後半の男性の方なのだろうか?長野の地で生まれ育ち、7歳の息子さんがいらっしゃると記されていた。息子さんと共にAC長野パルセイロを応援されているという。
私の息子のことについて、印象を書いていただいていた。素直にありがたいことだと感謝している。「一番好きな選手」、「サッカーに餓えてる、勝ちに餓えてる雰囲気が一番漂っている」。その方の「ファンになる基準」は「敗者の姿」で「その負けた時の“立ち姿”」が良いのだそうだ。味わい深い言葉だと父親として思う。
息子は学園南保育園でボールと出会い、小学校時代、見てくれはサッカーだったように見えるかもしれないが「ボール遊び」に興じ、中学校から初めて「サッカー」という競技を始めたように思う。それから高校・大学そして長野エルザ、クラブ名が変更になりAC長野パルセイロと、能力の如何は別にして競技としてのサッカーに取り組み続けてきた。
父親としてゲームを観戦した数は、一般的に熱心な保護者と比べて少ない部類になるだろう。その数少ないゲームを振り返ると、「敗れた」時の息子の姿が脳裏に残存している。極端に言えば「敗れた時の姿」ばかりのように思える。
書家・相田みつをさんの「一生感動 一生青春」という本の中の「負ける練習」という詩がある。「負け方や受身の ほんとうに身についた人間が 人の世の悲しみや 苦しみに耐えて ひとの胸の痛みを 心の底から理解できる やさしく暖かい 人間になれるんです。」
続く一文で、「子供の頃から、負ける練習、失敗の練習、恥をさらす練習をたっぷりさせておくことです。そして、負けに強い人間、失敗に強い人間、恥をさらすことを恐れない人間に育ててやることが、子供の一生を通しては幸せなのではないかと思うのです。」と。
父親として意図的に「負ける練習」の環境づくりをするのは難しい。おそらく、「サッカー競技」が、息子を育てる一番大きな環境を作り出したのだろう。でき得れば、サッカー競技の世界で、今まで息子を叱咤しながら指導していただいた人々、また信州・長野の地のさまざまな人々の支えをいただきながら、「人の世の悲しみや 苦しみに耐えて ひとの胸の痛みを 心の底から理解できる やさしく暖かい 人間に」なることを、父親としては唯一願っている。
7/1(水)20;40現在の総アクセス数は、168,927となっている。アクセスカウンターは左サイドバー最下部に掲載している。過去1ケ月の「ブログ解析」を確認した。過去1ケ月のアクセス数は、12,365で一日平均アクセス数は、412だった。
ブログへのアクセス経路を見ると、
①サイト内(検索エンジンを使い、その検索した言葉でヒットした方)
②ブックマーク(ブログアドレスをお気に入りに登録してご覧いただいている方)
③ソレステ(ソレステレージャ奈良2002Webサイトからクリックしてご覧いただいている方)
④その他(Webサイト上のブログ、HPにこのブログの記事が掲載され、そのサイトを通じてご覧いただいている方)
に四分類される。
そのアクセス数を見ると、調査対象数 6,756
サイト内 3,709 ブックマーク 1,714 ソレステ 941 その他 392 だった。
サイト内からヒットした集計対象アクセス数 5,281の中から、ヒットした「言葉」をランク付けすると概ね次のようになる。
①奈良 348 ②サッカー 289 ③奈良市鴻ノ池陸上競技場 200 ④奈良県 136 ⑤ノブレス・オブリージュ 129 ⑥高校総体 119 ⑦2009 107 ⑧ハンドボール 89 ⑨バレーボール 88 ⑩インターハイ 78
アクセス地域別に見ると、調査対象数 3,283
①大阪 1,026 ②東京 459 ③奈良 399 ④長野 154 ⑤京都 131 ⑥埼玉 111 ⑦愛知 94 ⑧神奈川 80 ⑨千葉 63 ⑩兵庫59
ご覧いただいている多くの方々に心から御礼申し上げます。