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2009年6月 1日 (月)

二日間で、眼に見えたもの、心で感じたこと。

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 5/30(土)午後、自宅を出た。昨日に母が急遽入院した、JR大阪環状線・森ノ宮駅近くの病院へ出向くため。自宅を出て徒歩2分のわが二名春日ののどかな風景だ。眼に見える風景と心の中の風景は全く相違する。私の心象風景も現実なら、眼に見える風景も現実だ。

 森之宮駅近くの病院の一室でベッドに横たわり眠る母のそばにいた。「茂や!わかるか?」と声を掛けたが少し目を開き私を見たが、すぐに目をつぶった。顔色はまだよく意識もある。ただ、私のことをわかっているのか、わかっていないのか、私には判別できなかった。

 5/31(日)朝、自宅を出て、JR大阪環状線・森之宮駅近くの病院へ向かった。朝の病室は静けさだけが漂っていた。眠る母のベッド横の窓際の椅子に腰掛け本を読んでいた。私と同年代の男性の方が、隣のベッドにいる方の見舞いに来られた。私と同じように窓際の椅子に腰掛けられた。私とその方は窓を背負い、同じように自分自身の母のベッドに無言のまま向き合った。

 しばしの間、無言の時間が続いた。病室には静けさのみが漂っていた。突然に、「お父ちゃん起こして! お母ちゃん起こして!」という大きな声がカーテン越しに聞こえた。80歳を雄に超えたおばあちゃんが叫んでいた。遠い遠い記憶の彼方のお父ちゃんとお母ちゃんが脳裏に浮かんでいたのだろう。

 年を経れば経るほど、その人の新しい記憶は消えやすく、古い記憶はレリーフのように浮かび上がってくるという。古い記憶がなぜ浮かびあがるのだろう? 親の存在とは何なのだろう? ふと、そのおばあちゃんの声を聴きながら考えてしまった。

 最近読んだ太宰治の小説の中で、「子どもよりも親が大事!」というような言葉が記されていたのを思い出した。その病室で確かに、実に素直な言葉だと理解した。 私と同様にベッドに向かい座っていた男性に、小さな声で「失礼します!」と声を掛け、その男性も小さな声でうなずき会釈を交わした。静かな時間だけが流れていた。

 病院からの帰路、近くの大阪城公園で休憩してから帰宅することが多い。その日も立ち寄った。なぜ? ちょっとした気分転換だ。ふらり散歩しながら、私も年老いてベッドに横たわる時が来たならば、子どもの名よりは、親の名を叫んでしまうのではないだろうか? ふと、そのようなことを感じた。

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