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2009年6月21日 (日)

思郷のこころ湧く日なり



「病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあおぞらの煙かなしも」
(石川啄木)

 
感傷(センチメント)、郷愁(ノスタルジー)を抱く馬鹿者と笑止されるのだろうか? そのような思いを持たれたとしても、私はなんらひるむこともない。ただ、素直に正直に書き記せば、今日の夕暮れ時、石川啄木のこの歌が自然と思い出され湧き出て口ずさんだことは事実だ。

 
わが大切な3人の子どもたちに告ぐ。亡き母の通夜が終わった後に、信州・長野から遅れて駆けつけた息子が呆然と、棺の前で泣き崩れていた姿を垣間見ながら、亡き母の前で「好きに生きたらええ!」と、わが子どもたちに告げた言葉に虚言はない。再度、伝えておく。

「病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあおぞらの煙かなしも」その歌が私の心に共鳴版のように響いている。大成通の路地裏の竹の縁台に、多くの人々が寄り集まった情景を思い描きながら、初夏の夕暮れ時、親不孝者の息子として、また、ひとりの父親としての感情を書き記しておく。

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