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2009年5月23日 (土)

「信州」、私にとっての「香りある風土」

087_3 若い時から「信州」という風土に憧れつづけてきた。学生時代には毎年のように夏に、一人で、また妻とともに「信州」へ出かけていた。私は24歳で高校時代の同級生である妻と結婚した。子ども三人が続けて誕生し、共働き家庭にとって、「信州」どころではなくなった。圧倒的な現実的の生活が押し寄せてきた。

 しばらくして、子どもたちが少し成長し、一番末っ子の長男が3歳の時に、安曇野、八方を訪れた。私たち夫婦はひさしぶりで、わが三人の子どもたちとっては、初めての「信州」だった。それ以降、5~6年、毎年と言えるほどに「信州」を訪れた。

 観光名所を訪れることは少なく、ただ、それそれが重いリュックを背負い、北アルプスの山に登り、降りてくるただそれだけのために。なぜ、家族で山歩きをしようと思ったのか解らないが。家族で山道を歩きながら、幾人もの人々に抜かれながらも、ゆったりと頂を目指し歩み続けた。素直に楽しい時間だった。山の天候は変わりやすい。その中をただ自分達の力で歩むしかない。人生そのものの縮図のようなものだった。

 わが子どもたちは、夏の旅行が「信州」であると言うと、「また、信州なん? どこか他にないの?」と不満の気配が漂ったが、現地に行けば何のこともなく、「信州」の美しい風景と戯れていた。

 今、わが息子は「信州」長野市に住んでいる。それは偶然なのか? それとも必然なのか? それはどちらでもよい。私にとってそれほど重要なことでもない。私は息子が「信州」にいることを大義名分として、その地を訪れることができるという大きなメリットを得ている。

 ただ「観音」のような妻が、心の中で「般若」のような心持を抱いていることは察知してはいるのだが。そのことを度外視してはっきりと言えることは、「信州」という地は、私にとって「香り高い風土」なのだと。

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