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2009年5月24日 (日)

伝説の「中津川フォークジャンボリー」 38年ぶり復活

 5/24(日)朝日新聞朝刊を詠んでいると、「復活 伝説のフォーク」「38年ぶり中津川ジャンボリー8月1日」という見出しが目に入った。1969年~1971年まで岐阜県坂下町(現:中津川市)で開催された伝説の野外フォークコンサートで、通称を「中津川フォークジャンボリー」と呼ぶ。1971年には2万人以上の若者たちが、その野外コンサートに集まった。当時、運営に関われた方々もすでに70歳近くになる。「やるなら、今だ!」ということで復活へと立ち上がったという。

 私は高校生だった。当時、フォークソング全盛時代で、高石ともや、岡林信康、加川良、遠藤賢司、高田渡、吉田拓郎、泉谷茂、五つの赤い風船のレコードを友人たちと回しながら聞いていた。友人たちの幾人かは確か1971年の「中津川フォークジャンボリー」へ出かけたはずだ。

 私でさえギターを持ち、ささやかな校内での小さなコンサート、発表会に近いが、仲間の前で一人で歌い、文化祭ではグループで「五つの赤い風船」風にグループで歌ったものだ。上手上手でないに関わらず、当時の多くの若者たちにとって、歌うことは何かの表現の手段だったのだろう。
 
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 新聞の記事を読んで、書棚の上部にある埃が積もった一枚のLPレコードを取り出した。高田渡のファストアルバム「ごあいさつ」(1971年、1800円)だ。レコードプレーヤーなどわが家にはなく、ただ、ジャケットを開き、その中の「生活の柄」という曲の歌詞を見た。詩人・山之内獏の詩だった。日本経済新聞朝刊で毎週日曜日に「彼らの第4コーナー」で、今、沖縄生まれの詩人・山之内獏が取り上げられている。私が初めて詩人・山之内獏を知ったのは、高田渡の歌からだった。

「歩き疲れては 夜空と陸との隙間にもぐり込んで 草に埋もれては寝たのです 所かまわず寝たのです・・・・」

 5/24日曜日の朝、へたくそながらもフォークソングを歌っていた高校時代を思い出した。鶴橋・大成通りの路地裏で何かを表現したいという想い、ギターを奏でながら歌うための練習や曲を作っていたことなど、ちっぽけな伝説にすらなりえない。しかし、「中津川フォークジャンボリー」は、フォークを愛した当時の若者たち、今の壮年になった者たちの偉大なる「伝説」である。今年、8月1日の「復活コンサート」の盛況を心から祈念する。

「09椛の湖 FOLK JAMBOREE」Webサイト

「1970フォークジャンボリー写真集」Webサイト

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