Cinema「浪漫者たち」~青春紀行 三輪山へかえる~
映画「浪漫者たち~青春紀行 三輪山へかえる」が公開される。大阪では九条にある「シネ・ヌーヴォ」で上映予定だ。先月だったと思う。大阪市内に出た帰り道に、「シネ・ヌーヴォ」へ立ち寄った。その日は映画を観ずにパンフレットだけを取った。映画のポスターが目に入った。「浪漫者たち~青春紀行 三輪山へかえる」。奈良を舞台にした映画なのかと何気なく見ていた。ふと、見ると小さな文字で、戦前・戦中に脚光を浴びたある文学者の名が記されていた。なぜ?と、疑問と興味が涌いた。その夜、自宅に帰ってからインターネットでその映画の題名を検索した。
映画の配役で女性研究者が出てくる。彼女はその文学者の研究者として設定され、主人公にその文学者の作品を手渡す。その文学者とは、奈良県桜井市に生まれた保田興重郎(やすだよじゅろう)だ。文学運動として、「日本浪漫派」を立ち上げた人物である。戦前・戦中に多くの若者たちが、彼の言説と作品に魅了されたという。戦後、社会政治情勢が一変して後、彼の戦中の言説、作品が封殺、封印された。
保田興重郎の代表作に「日本の橋」「後鳥羽院」等がある。ドイツロマン派の文学をわが国の文学と文化に応用した。「日本浪曼派」には亀井勝一郎、檀一雄らが同人となり、佐藤春夫、萩原朔太郎、太宰治、三好達治、伊東静雄らも寄稿していたという。「日本浪漫派」の最後の末裔に三島由紀夫を位置づける人もいる。
映画の公式サイトの中で、舞踏集団「大駱駝艦」(だいらくだかん)を率いる舞踏家・俳優である、奈良・桜井出身の 麿赤兒は、「三輪山の懐を母の胎内として育った私は、その霊気と保田與重郎氏の言霊の妖気とが渦巻く潮の中で、眩暈と昂りで張り裂けそうな青春であった。 今、このような映画が生まれたのには、驚いた! 多くの示唆に富む映画だ。」と書き記している。
奈良を舞台にした映画であるというだけではなく、「日本的な、滅び散華の美学」として封殺・封印された文学者・保田興重郎がその映画の中で、なぜ今なのか、どのような視点で描かれたのか、どう評価されたのか、私には興味がある。是非とも観てみたいものだ。
「浪漫者たち」公式サイト
「シネ・ヌーヴォ」公式サイト























































































































































































































