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2009年4月19日 (日)

小説「泥の河」の三つの橋に立ち寄って

 4/18(土)午後、「杉本博司 歴史の歴史」展を見て、地下鉄肥後橋駅へ戻ろうと思った。土佐堀川の橋を渡りながら河口の方を見ていると、この河を下った場所が、宮本輝「泥の河」の舞台となった場所だったことを思い出した。その原作を映画化した小栗康平「泥の河」のモノトーンの映像が浮かんできた。行ってみようと思い立ち、土佐堀川沿いを15分ほど歩いた。

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 大阪中央卸売市場近くの河岸から堂島川に架かる船津橋を眺めた。遠くに白い高層ビルが聳え立っていた。

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 大阪中央卸売市場近くの河岸から土佐堀川に架かる端建蔵橋(はたてぐらばし)を眺めた。船津橋を渡るとすぐに端建蔵橋が続いている。その端の中央から海の方角を望んだ。海は見えなかったが、濁った深緑の河面の向こう側に「住友倉庫」の建物が見えた。

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 端建蔵橋を渡り右に折れると木津川に架かる「昭和橋」だ。木津川を少し下った所に「木津川橋」がある。その橋の上から「昭和橋」を遠望した。「昭和橋」のたもとに、「橋和昭」と刻まれた石がその昭和30年代初頭当時の面影を残していた。

Img  宮本輝「泥の河」は処女作で、1977年(昭和52年)太宰賞受賞作品である。私が社会人となりすぐに結婚した当時にその小説を読み、小栗康平が映画化した作品を観た。その時、強烈な感銘を受けた事実は、幾星霜を隔てた今、その橋を訪れたことからも証明される。「泥の河」の冒頭の一文は、このように書かれている。

「堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでいく。その川と川がまじわるところに三つの橋が架かっていた。昭和橋と端建蔵橋(はたてぐらばし)、それに船津橋である。」と。

 河のほとりに住む少年と廓舟に暮らす姉弟との交流と哀歓を描いた短編小説の名品である。その冒頭の一文に記された三つの橋は、当時の面影はなく何の変哲もないどこにでもある橋なのだが、少なくともその橋の名は私にとってずっとずっと心の中で刻み込まれている。

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