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2009年4月26日 (日)

「ピクニック」の復権

 毎日読んでいる新聞記事の中で興味あるものについては、抜粋して無造作に机の横に積んでいる。何気なくその中の一枚を取り出した。2008年10月17日(金)日本経済新聞朝刊の文化欄「ピクニックの200年を散策」(執筆:太田浩史さん)を改めて読んだ。

 その記事によれば、1802年、英国ロンドンで世界で初めての「ピクニッククラブ」が誕生した。当初は、若者たちが、屋内で音楽・芝居をして夜を明かす過激な集まりであったようだ。ピクニックが外遊びとなるのは、英国での都市化に伴う環境悪化が主因となり、社交を求めて、その当時整備されつつあった公園へと人々は向かったのだという。

 その記事を改めて読み、「ピクニック」のことを思い浮かべた。むかし、テレビか映画で観た光景を思い出した。緑の丘の頂きで、若い二人が布の敷物の上で、微笑みながらコーヒーとサンドイッチを食べている。ただ座り黙って遠くの風景を見ている。実にのどかな光景が、今も印象として残っている。

 Picnic (ピクニック)という言葉を高校時代に買った「研究社英和中辞典」で調べてみると、「①遊山、行楽、遠足 ②特別楽しいこと、楽な仕事」という意味が記されていた。また、「広辞苑」で調べてみると、「野遊び、遠足、遊山」とあった。いずれも、のどかでゆったりとした意味合いを表している。

 正直に言えば、最近というより永らくピクニックに出かけてはいない。確かに一人で出かけることはあるが、それはピクニックなどいうのどかで郷愁を抱かせるようなものではない。ピクニックは最低催行人員が二人だ。それ以上でなければならない。ただ男二人ではどうなのだろう? それでは男女二人? それが一番素敵なことではあるのだが。それは無理だ。よし!それならば、「みんなで、トレドの森へ、ピクニックに出かけよう!」と言ったとしても、怪訝な想いを抱かれるのかもしれない。今こそ、「旅行」ではなく「ピクニック」の復権を望む。

「東京ピクニッククラブ」公式サイト

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