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2009年3月29日 (日)

「地域クラブ私論」(1)

【はじめに】
 1969年に、大阪市立玉津中学校3年生だった時、東成区大成通の路地裏の自宅で見た学習研究社「中三コース」という雑誌の、西ドイツの子どもたちのグラビア写真が、40年後の今もあざやかな記憶として私の脳裏に焼きついている。「スポ-ツ・シュ-レ」(スポ-ツ学校)「スポーツクラブ」という言葉をはじめて知り、クラブハウス、芝生のグラウンド、シャワ-室、レストラン等の施設・設備は、大阪鶴橋に住んでいた中学校3年生の路地裏少年にあまりにも鮮烈な衝撃的な印象を与えた。

 
当時、中学校社会科の授業で「日本と西ドイツはGNPの成長率が、世界でも有数で先進工業国だ!」と先生が授業で話された時、「日本と西ドイツは同じ先進工業国なのに、なぜ西ドイツだけがスポ-ツ施設が整っているのだろう?」という素朴な疑問と「「ぼくの町にも、そんな施設があればいいなあ!」と路地裏のわが机に向かいながら、言い知れぬ想いを抱いたことをつい昨日のように覚えている。それから40年が経ったが、その頃の想いは今も私自身の中で生き続けている。

 
1961年6月に、「スポ-ツ振興法」が制定された。その中に、「文部科学大臣は、スポ-ツの振興に関する基本的計画を定めるものとする」という条文がある。そのアクションプログラムが、やっと40年後の2000年9月に「スポ-ツ振興基本計画」として告示された。現在、スポ-ツの世界も、社会経済環境と同じく大きな変革期の中にある。時代の潮流を踏まえながら、スポ-ツを通じた人間教育の大切さをミッションとし、行政依存型から地域自立型、スポ-ツ環境の整備、拡充をも意図して実践しなければならない。しかし、地域スポーツの現状はそれほど大きく変容してはいない。

 2007
年度、私は日本体育協会公認クラブマネシャー資格を取得した。膨大な時間、費用、労力を費やした。ライセンスを取得したとしても私になんら現実的な利益はない。その原点は「知りたい」「学びたい」という欲求が行動に移させたのでしかない。2008316()、たった1時間の検定試験のため、奈良から日帰りで東京・渋谷にある岸記念体育会館へ出向いた。その一室で私が提出した「事業計画書」にもとづいて、私が思っていること、考えていること、実践したいこと、その実現可能性について、大学関係者の面接官から厳しいヒアリングを受けた。一生懸命に自分自身の経験と知識を総動員して答えた。私自身の思考力・表現力・言語力の無さを痛感しながらも、真摯に考えてきたことがレリーフのように炙り出された実に貴重な体験であった。

 その検定試験としての「事業計画書」を提出したものを改訂、抜粋し、あくまでも私自身の個人的な、スポーツを核とした「地域クラブ私論」として連載する。内容の次元、拙文に対して笑止されるかもしれない。ただ、「スポーツ」「文化」を価値あるものであると信じる一介の地域住民の「思い」「想い」であるとお読みいただければ幸いです。(つづく)

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