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2009年3月 9日 (月)

「旧真田山陸軍墓地」に立ち寄って

 大阪市天王寺区にたたずむ旧真田山陸軍墓地は、1871年(明治4年)に、わが国ではじめて作られた「陸軍墓地」である。明治10年の西南戦争が始まる前までに230基あまりの墓碑が建てられたという。長い年月の中で墓碑も傷みが激しいが歴史的遺跡として存在し続けている。

 
3/7(土)母のもとを訪ねたのちに東成区大成通近辺を歩き、母校・清水谷高校を訪れた。帰路、「旧真田山陸軍墓地」へ立ち寄った。私の小学校時代の路地裏の仲間とちょっと遠出した時のフィールドだった。鬼ごっこ、探偵ごっこ、冒険遊び、野球をしたなつかしい場所だ。

 そのフィールドに大人たちはいなかった。子どもたちだけの世界だった。どこの誰だかわからない面々と幾度か「野球の果たし試合」をしたことは忘れることがない。いつも、わが「路地裏野球少年団」は、「山の手野球少年団」に負け続けた。一度は勝てそうなものだが、本当に負けてばかりであった。

 あの頃はこの「陸軍墓地」で時も忘れて夢中に遊んでいた。今振り返ると墓碑銘に刻まれた方々にはひんしゅくを買ったのかもしれない。朽ち掛け墓碑銘、何気なく横倒しになった墓石、無縁仏に無言で手をあわせて祈り、その思い出の「旧真田山陸軍墓地」を後にした。

「旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」公式サイト

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