「チェ・ゲバラ」と「ディエゴ・マラドーナ」
アルゼンチン生まれのラテンアメリカの革命家、チェ・ゲバラを題材にした映画が2作連続で上映される。また大阪では写真展も開催されている。キューバ革命50周年という節目の年、また、現在の混迷の時代に不死鳥のように蘇ってきた。政治思想(イデオロギー)の枠組みを超えて、1960年代末には、世界の若者たちのカリスマだったという事実があった。フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルは「20世紀の中で最も完璧な人間だ」と、ビートルズのジョン・レノンは「その当時、一番かっこよかった!」と、アメリカのアーティスト、アンディ・ウォホールは、シルクスクリーンでゲバラを描いた。今も街で、チェ・ゲバラの肖像が印刷されたTシャツを着た若者に出会うこともある。チェ・ゲバラの半生を描いた映画の製作をした、ソダーバーグ監督のインタビュー記事が、1/1(月)朝日新聞朝刊に掲載されていた。「革命よりも人物にひかれた」と。
フットボールの歴史の中で、偉大な選手として、また破天荒な選手としてその名を刻んだ者に、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナがいる。身長166cmの小柄でありながらイマジネーション豊かで力強いドリブルで人々を魅了した。アルゼンチンでは破天荒な生活などには関係なく、プレーヤーとしての人気は絶大である。彼の祖母のふるさとイタリア・ナポリでプレーした時は、ナポリの人々に神と崇められた。アルゼンチンのフットボールーの再生のために、今代表監督を務めている。引退してから10年余りが経つ。過去の選手としての絶大な人気を誇ってはいるが、現地調査で、アルゼンチン監督として「就任反対」と74%の人が答えた。それでも、代表監督として就任し、南米でフットボールの戦いを挑んでいる。
チェ・ゲバラは裕福な家庭で生まれ育ち、医師の資格を取得したインテリだ。片やディエゴ・マラドーナは貧民層で生まれ育ち、生活も破天荒である。引退後は、まさにはちゃめちゃだ。相反する境遇の中で育ち人間的には正反対の存在のように思えるのだが。共通することと言えば、アルゼンチン生まれだということか、ラジカルさか、根底にはフットボール・タンゴがあることか。ディエゴ・マラドーナは、腕にタトゥー(刺青)を彫っている。その図柄は、チェ・ゲバラの肖像だ。このことをどのように理解すればいいのだろうか? ディエゴ・マラドーナにとって、チェ・ゲバラはあるべき存在、憧れなのだろうか。ラテンアメリカの「革命家」とフットボールの「叛逆児」は繋がっている。





















