« 「カルメン」と「アルルの女」のレコード | トップページ | AC長野パルセイロ選手諸君へ ~心を込めての讃歌~(1) »

2008年12月14日 (日)

AC長野パルセイロ選手諸君へ ~心を込めての讃歌~(2)

Img  君たちは、W杯には出場したことも無い、日本代表選手、J1、J2選手でもない。その選手たちと比較して技術・戦術では劣ると評価されるのだろう。しかし、そのようなことは私にはどうでもよいことだ。地域リーグの有能な選手である君たちは、私にとってかけがえの無い人間存在であると考えている。

 君たちがサッカーと出会い、それから多難があっただろうと推測する。人から多様な理不尽な言葉を投げつけられたこともあっただろう。それが非難であったり、なぜそこまでサッカーをするのという怪訝さであったりと。また怯むこともあったであろう。しかし誰がなんと言おうが君たちは今まで、さまざまな人々の想いを受け自分自身の信念を貫き、競技としてのサッカーに己を捧げ生かしてきた。君たちはどのように思うかもしれないが、そのことを私は少しぐらいかもしれないが理解している。だからこそ、私は心の奥底から君たちを、私自身の最高の称号としてのサッカー選手であるとともに素敵な若者だと呼びたい。

 クラブ懇親会が終了して、君たちは出口でさまざまな人々を見送った。私が会場をあとにしようとした時、廊下の両側に並び送り出してくれた。私の名「塚本茂」を呼びエールをかけて頂いた。想定もしていなかった。わが人生の中で初めての体験だった。これから私はAC長野パルセイロ選手として大切なゲームのピッチに立つ選手なのかと自分自身で身勝手にも錯覚し興奮した。でも、そのように思うこと事態には罰があたる。ただ無名の55歳の壮年男に対するわが人生への応援歌と受け止めている。

 君たちの若き勇々しい血おどる声のアーチをくぐりながら、55歳でありながらも狂乱乱舞したいという情念が涌いた。若き君たちの情熱の回廊の中での乱舞を夢想した。ただ君たちの前で自分自身の感情をあらわにすることを躊躇した。年齢を重ねることは良いことなのかどうか判断しきれないが、厭わしき理性が自分自身の素直な感情を抑圧した。

 クラブ
懇親会が終わり長野バスターミナルから宿泊先のホテルへの夜の道すがら、君たちのエールの声が耳に響きわたったままだった。ひとりになった時、君たちの前で抑圧した感情が一気にほとばしった。網膜の奥が濡れ、それが頬に流れ溢れた。道行き通りすがる女性は怪訝な視線を私に向けた。それは当たり前のことだ。夜道を歩く風袋芳しくも無い壮年男がひとり涙を流して歩いているのだから。

 
世間では普通という感覚がある。それを常識というならば、彼女の視線は常識的だった。彼女から見て、私は今宵、女性につれなく振られたしがない男に写っていたのだろうか?それ以外にどんな姿に写ったのだろうか? その夜、私は彼女の常識的な視線から想像をつかないほどにかけ離れていたのだ。

 私は
常識もつ普通の人間だと自負している。悲しい時は涙を流す。また嬉しい時も涙を流す。あの日の夜道は、サッカーに取り組むことで育った素敵な若者たちと出会え、その若者たちが愚鈍なる私にエールを送ってくれたという筆舌しがたい嬉し涙だった。

 
AC長野パルセイロ選手諸君へ、あの声高らかに廊下に響きわたった私へのエールに心からの感謝を申し上げたい。そのエールを私は一生忘れることはない。最後に、「Good Fellow」(いい奴)「Good Luser」(敗れざる者)である君たちのサッカー人生に敬意を表するとともに、今後のサッカー・人生の本当の豊かさと幸せを願いつつ、大和まほろば・春日から私自身の心をこめての君たちへの讃歌とする。

« 「カルメン」と「アルルの女」のレコード | トップページ | AC長野パルセイロ選手諸君へ ~心を込めての讃歌~(1) »

パルセイロ」カテゴリの記事