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2008年12月 1日 (月)

御坊の海とおばちゃん

 紀伊田辺駅から大阪・天王寺への帰路、「御坊駅」に差し掛かった。突然に思い出した。往路はその区間は心地よい気分で眠っていたのでそのような想いを抱くことはなかった。「御坊駅」という駅名を見た時、僕はあの夏の日の御坊の海とおばちゃんを思い出した。

 小学校低学年の時だった。春の季節だったのだろう。僕が生まれ育った東成区大成通りのわが路地で、おばちゃんはもろ肌脱いで赤ん坊にお乳を吸わせていた。僕はボール遊びをしていた。おばちゃんの近くへ寄った。大きなおっぱいだった。赤ん坊がおいしそうにお乳を吸っている姿を興味深く見ていた。その時、おばちゃんは僕に言った。「しげる、赤ちゃんと同じように吸って見るか?」僕は、恥ずかしさに後ずさりした。

 「おばちゃんは海女やったんやで、海にもぐって貝を採っていたんや!」僕はその時、正直に心の中で思っていた。おばちゃんの太いからだから見て海に潜っていたなんて信じられないと。おばちゃんは僕の表情を見て察したのだろうか。「しげる、嘘やと思てるやろ!」と僕に言った。

 その年の夏、おばちゃん家族は路地裏のお兄ちゃんと僕を引き連れて、おばちゃんの実家のある和歌山・御坊へとなぜか出かけることになった。おばちゃんの実家に泊まった。翌朝に近くの海岸へ出かけた。そこは岩場があり、その向こうに青い海が広がっていた。おばちゃんは海女の姿だった。太い体に白い衣装に身を包み、黒い枠の水中めがねと小さな樽のようなものを小脇に抱えていた。

 おばちゃんは僕たちが見ている中で、岩場の向こうの海に入って行った。海に浮かぶおばちゃんを遠くから見ていた。白い服装が眼に焼きついている。しばらくして、「見ときや!」というおばちゃんの声が海の向こうから聞こえてきた。白いおしりが海面に浮かんだと思うとおばちゃんの姿が海面から消えた。

 ずっとずっと見ていた。もう海面にその姿が見えてくるだろう。でも、なかなか浮き上がってこなかった。だんだんと心配になってきた。おばちゃんは浮き上がってこないかもしれないと一瞬思った。その時、突然に海面におばちゃんが顔を出した。口笛のような音が聞こえたような気がする。その途端、水中めがねをはずし僕たちの方を向いて、右手を振り上げ大きく手を振った。赤銅色の顔と白い歯が見えた。その時、確かに僕はおばちゃんをすごいと思った。本物の海女だった。

 あれから、48年以上たった今、「御坊駅」という駅名を見て、そのときの光景を思い出した。おばちゃんは嘘偽りもなくなく本物の「海女」だった。あの時、自分自身の誇りをかけて、おばちゃんは海に入り潜った。快心の潜りだった。おばちゃんは生き様をしっかりと僕の眼に焼き付けた。人は精一杯、誰かに己の想いを表現し繋げていくのだろう。

 路地裏のおばあちゃんの一人から、本物の「海女」だったおばちゃん、今はおばあちゃんだが、今年の春に亡くなったと今日知った。御坊の海を見ておばちゃんを思い出したが、もう亡くなっていたのだ。しかし、あの夏の日のおばちゃんは本物の海女だった。誇りをもって生き様を見せて挑んだ潜りの光景を、僕は一生忘れることはない。

 路地裏の片隅でもろ肌ぬいでわが子に乳を与え、本物の海女として御坊の海で快心の潜りを見せたおばちゃんの冥福を祈りつつ、おばちゃんへの心からの讃歌とする。

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